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相互信頼の経営

最近、日本マクドナルドがアルバイトの残業を30分未満切り捨てしていた問題で是正勧告を受けた。

そもそも「サービス残業」という言葉や慣習があるのは、世界のなかで日本だけではないだろうか。

サービス残業が良いことか悪いことかと尋ねられれば、今は「悪いこと」と答えるが、昔からそれが悪いことだったとは思っていない。

サービス残業とは、従業員の心意気のようなもので、会社や経営者のために示して見せる心の感激でもあるのだ。

ワコールの創業者・塚本幸一氏(1920~1998)は、ある時期、社内の労使問題で困っていた。
そんなある日の夜、経済同友会の例会に参加した。連日のようにつづく労使間闘争で、その日の例会の内容すら知らずに参加した塚本。
会場に着くと、出光興産の出光佐三氏がその日のゲスト講師で、しかも演題は「労使間信頼」だという。

出光氏の講演に聴き入った塚本に、やがて百万ボルトの衝撃が走った。どうやら自分は、「労使間の信頼と協調」ということを表面的にあるいは、建て前でしかとらえていなかったようだ。
世間にはもっとすごい労使間信頼というものがあると知ったのだ。

「わたしは間違っていた」

翌朝、塚本は緊急役員会を開き、そう宣言した。

「やっと自分は目覚めた。本当の意味での相互信頼の経営をやる。そのためには、まず自分が変わるしかない。今日を境に、全社員を信頼する。徹底的に信頼しきる」と宣言。

同時に四つの方針を打ち出した。

1.遅刻早退などは、いっさい人事考課に反映させない
2.工場部門でも、人間不信にもとづく日給制を廃止。人間信頼に基づく月給制を導入する。
3.部署や役職によって差をつけていた社員ユニフォームを統一する
4.組合の正式な要求は100%自動的に承認する

実は4番目が一番大きな問題だったのだ。塚本は、経営の実績とは無関係に過度な要求をしてくる組合を心から信頼できていなかった。
一方で、「自分たちは経営側から嫌われている。だったら、とことん経営側と戦ってやれ」と組合側は思っていたのだろう。

塚本決死の社内発表後、最初の冬がやってきた。

組合側から冬季賞与の要求が経営陣に提出される日だ。交渉の場に臨んだ塚本は臨席した総務部長から「本当に要求通りで妥結するのですか?」と念を押された。

「もちろん!」と塚本。
書面で提出された文面を見る間もなく、塚本は決済印を押した。いわゆる”めくら判”だ。
判を押してから要求金額を見る塚本。数字をみてビックリした。
四つの方針発表を打ち出す頃と変わらないムリな要求をしてきていたのだ。

組合側を前にして総務部長が塚本に聞く。
「本当にこれで大丈夫なのでしょうか?」

「俺は知らん」と塚本。

相互信頼に基づいて自分は約束を果たした。あとはみんなが何を果たしてくれるのかを期待して待つのみだ、と。その結果、会社が倒れることがあれば、それも運命。

組合幹部はビックリした。塚本の本気さをこの”めくら判”で知った。

後日、労働組合の会合が開かれた。その決議事項は「働こう」だった。
その日以来、社員は会社を心から信頼してくれるようになり、寸暇を惜しんで働いた。
今でいう「サービス残業」をしたかどうかは知らないが、そんなこと当時のワコール社員にはどうだっていい問題だったに違いない。

塚本いわく、「あの日以来、経費は落ち、能率は急上昇した。あんな恐ろしいまでの変化は始めてみた。一馬力の機械があれば、それはいつでも一馬力分はたらく。しかし、人間は一馬力が二馬力、三馬力にもなる。誰が操作するかによっても変わるが、もっと大きいのものは、自らの意志で動くとき、もっとも高い馬力が出るということだ」