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海援隊の約規は実に簡素なものである。事細かな規則など必要ない。
我々は天を翔ける鶴、その飛ぶ所にまかす。鳥かごの中に入るものではない。
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と竜馬自身が書き残しているように、海援隊の約規は短い。原文と武沢訳の両方をお届けしよう。
【海援隊約規 原文】
一.凡嘗テ本藩(土佐)ヲ脱スル者及佗(他)藩ヲ脱スル者、海外ノ志アル者此隊ニ入ル。
運輸、射利、開柘(拓)、投機、本藩ノ応援ヲ為スヲ以テ主トス。
今後自他ニ論ナク其志ニ従ッテ撰入之。
二.凡隊中ノ事一切隊長ノ処分ニ任ス。敢テ或ハ違背スル勿レ。若暴乱事ヲ破リ妄謬害ヲ引ニ至テハ隊長其死活ヲ制スルモ亦許ス。
三.凡隊中忠難相救ヒ困厄相護リ、義気相責メ条理相糺シ、若クワ独断果激、儕輩ノ妨ヲ成シ、若クハ儕輩相推シ乗勢テ他人ノ妨を為ス、是尤慎ム可キ所敢テ或犯ス勿レ。
四.凡隊中修業分課ハ政法、火技、航海、汽機、語学等の如キ其志ニ随テ執之。
互ニ相勉励敢テ或ハ懈ルコト勿レ。
五.凡隊中所費ノ銭糧其の自営ノ功に取ル。亦互ニ相分配シ私スル所アル勿レ。
若挙事用度不足、或ハ学科欠乏を致ストキハ隊長建議シ、出崎官ノ給弁ヲ竢ツ。
右五則ノ海援隊約規、交法簡易、何ゾ繁砕ヲ得ン。モト是翔天ノ鶴其ノ飛ブ所ニ任ス。豈樊中ノ物ナランヤ。今後海陸ヲ合セ号シテ翔天隊ト言ハン。亦究意此ノ意ヲ失スル勿レ。
【海援隊約規 武沢訳】
一.およそかつて本藩を脱する者、他藩を脱する者、内外に志ある者、みなこの隊に入る資格あり。
運輸、営利活動、開拓、投機、本藩の応援をもって主業務とする。
今後、異論なくば方針にかなう業務はこれに加わる。
二.およそ隊中のことのいっさいは隊長の処分にまかせる。隊員は、隊長の指示方針などに違背してはならない。もし暴乱、違反行為、隊に対する迷惑行為などがあれば、隊長がその死活を制することを許す。
三.隊中にあっては、互いの困難を助けあい、守りあい、互いの気分が緩んでいるときには責めあい、道理や筋道の通らぬことは正しあい、独断で過激な行為に走るのを制しあうこと。
仲間の邪魔をしたり、集団で他人の行為の邪魔をするなどの行為は、もっとも慎むべき所で決してこれを犯してはならない。
四.隊中の修業分課は、政法、火技、航海、汽機、語学等のごとき、その志に従ってこれを学ぶ。互いに勉励し、怠ってはならない。
五.隊中の活動は独立採算。活動に要する経費などは、隊の活動で得た利益でまかなうこと。収益は互いに分配し、私腹を肥やしてはならない。万が一、資金が足りず、修業に支障がでるような場合には、隊長が建議し、出崎官役(後藤象二郎)の支給をまつこと。
以上五則の海援隊の約規は実に簡素なものである。事細かな規則など必要ない。我々は天を翔ける鶴、その飛ぶ所にまかす。
鳥かごの中に入るものではない。今後、海の海援隊だけでなく、陸をもあわせて「翔天隊」と言わん。この理想と精神を忘れてはならない。
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この海援隊約規は、前身である「亀山社中」の頃と精神は変わっていないが、明文化した点で竜馬の本気さが伝わってこよう。
余談ながら、海援隊の活動は本格的なものだった。第四条に出てくる「政法」とは、政治活動に関するもので、後に政治的出版物をリリースすることにつながる。
また、「火技」「航海」「汽機」に関してはそれぞれの専門家が隊内にいたほか、竜馬の師でもある勝海舟から神戸海軍操練所で教えを受けるなど、最先端教育をほどこしていたのだ。
会社にとって「海援隊約規」に相当するものが就業規則だろう。
だが就業規則はおおむね、労働基準法に準拠している会社ですよ、ということを監督局に示すために作られたものが多いはず。社長の理想や思想が入っているものは少ない。これを機会に、就業規則とは別に「海援隊約規」に相当するものを作ってみてはいかが。