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インセンティブ

今日はちょっとグチっぽい内容だが、大切な真理が潜んでいる話しなのでお付き合いいただきたい。

嘆かわしいことに子供が勉強しない。成績は長期低迷のままだが、本人はいたって明るく元気に生活している。

“私が中学3年生の年末には、毎晩おそくまで真剣に勉強していたのに・・・”と思うが、そうした親の思いはなかなか伝わらない。

ある日のこと。
耐えかねた私は子供部屋に押しかけ、訓戒を垂れはじめた。

「おい、太郎(仮名)。あなたの勉強のことで話しがある。ちょっとここへ正座しなさい」
ふだんと違う私の顔色をみて、子供は神妙に座って聞く姿勢をとる。

そのときでも私の心のなかでは葛藤があった。本当は、「いい加減にせい!」と激怒したい所だが、ものの本によれば、子供に勉強を強制しては逆効果だとある。

だから、勉強することの大切さや、勉強しないことの将来の苦労などを語って聞かせることにした。

いわく
・勉強しないと大人になってから困るゾ
・今、しっかり勉強しておくと将来やりたい事がやれるようになる
・将来、国際貿易の仕事をしたいのなら、今のうちにしっかりと学問を積んでおきなさい。今の成績のままでは、なりたい大人になれないゾ
 
30分に及ぶ訓示を終え、「わかったね」と確認する。太郎は、「はい、お父さんわかりました」と真剣なまなざし。今日を境にして、がんばってくれるだろうと思うが、持続するのは数日。

こんなことが一年に2~3回、これで3~4年は続いているだろうか。

いつになったら、私の説教がいらなくなるのだろう。
「信行、そんなに根を詰めて勉強してないで、たまには休憩しなさいよ」と母親に言われたセリフを私も子供に投げかけてみたい。

似たようなことは多くの会社でも起きている。

・いつになったら経営者らしくなってくれるのか
・いつまでその仕事をやっているのか
・いつから新規開拓営業が始まるのか

太郎君の問題も企業内の問題も、“人の行動が変わらない”という悩みであり、課題は、“どうしたら人の行動を変えることができるか”という問いかけである。

人の行動はすべて何らかのインセンティブ(刺激、誘因、動機)に基づいている。
そのインセンティブの質か量か、その両方を変えないかぎり、人の行動は変わらない。

子供が勉強しないということは、その時間に遊んでいるということだ。友達と遊んだり、テレビをみたり、ゲームをしたり。勉強のインセンティブが皆無なのではなく、遊びのインセンティブの方が強いわけだ。これを変えさせてやりたい場合、親のアプローチは二つある。

一つは、自覚を促す方法だ。太郎君に言って聞かせた私のように、勉強することの意義や、勉強しないことによって生じる将来の苦労を語ってあげるのだ。
だが、この方法は受け手によっては限界がある。

なぜなら、15才の子供にとって将来の苦労や将来の喜びというものが何一つ実感を持ちにくいからだ。

あとの一つは、強制力を用いる方法だ。
しかるべき成績をとるまでは、ゲームの封印、テレビの制限などによって、遊びのインセンティブを強制的に制限する。そして、無理やり勉強させるのだ。苦手な学科を克服し、得意な科目を作っていく喜びを感じるまで、親も子の勉強に感心を持ち続けるのだ。強制力を行使する親の方も、みずからの襟を正す。

そして、成果が出た場合には惜しまずご褒美を用意する。

どちらの方法が望ましいかといえば、答えはもちろん「両方」なのである。

「しょせんはアメとムチか。人間はもっと上等な精神的モティベーションを必要としているはずだ」という意見も聞こえてきそうだが、そうではない。

やるべき行動をとり続けていくことを通して人は始めて精神的モティベーション、つまり自覚が芽生えてくる。行動しない人に自覚を訴えていても時間の浪費なのだ。

太郎君、がんばろう!