ある小売業の新入社員教育はとてもよく出来ている。
午前の入社式を終え、昼食の弁当を食べ終えた新入社員たちは全員がロッカールームでジャージに着替えて送迎バスに乗り込む。近くの山荘ホテルで開かれる「新入社員基礎教育講座」を受講するためである。
山荘にはすでに人事部長と教育担当スタッフ数名が受け入れ準備を整えている。
三泊四日のこの講座は第一講から第二十三講までメニューがビッチリ決められ、そのテキストや資料、備品なども整えられている。一講あたりの時間は約 1時間に設定してあるようだ。
講座メニューはこうなっていた。
第一講:日本の歴史、世界の歴史、資本主義と会社経営の歴史
第二講:商業の歴史、小売業の歴史、我が社の歴史
第三講:社会人・社会常識をマスターする
第四講:我が社とあなた
第五講:ビジネスエチケットを身につける
第六講:我が社での一日、一月、一年、一生
第七講:自分株式会社の社長として人生目標を作る
第八講:Wish-List とライフプラン
第九講:経営とビジネスの仕組みと構造
第十講:職場での基本1 作業の基本
第十一講:職場での基本2 数字と伝票、電卓操作
第十二講:報告・連絡・相談の実践
第十三講:安全と衛生を管理する
第十四講:レジスターの操作とキャッシャー業務
第十五講:原価と利益を考える
第十六講:売価設定の考え方
第十七講:効率のものさし、利益のものさし
第十八講:目標設定と行動計画の技術
第十九講:モティベーションとセルフマネジメント
第二十講:我が社の経営計画と経営理念
第二十一講:人事評価と賃金の仕組み
第二十二講:生活習慣、勤務習慣、学習習慣を学ぶ
第二十三講:さあ職場に飛び立とう!
各講座はすべて社内講師が担当する。社長をはじめとして、役員数人が一時間ずつ授業を担当するほか、幹部や先輩社員が入れ替わり立ち替わりやってくるので受講者も飽きない。
朝は 6時起床と同時に外に出て朝礼とラジオ体操。近所の山道を散歩してから朝食。午前 8時から一時間目の授業が始まり、夜は午後 8時まで授業が続く。講義の合間には、グループワークや作業、体操、ランニングなども入る。
成績は厳しくチェックされる。まずは受講態度の評価だ。正しい姿勢で講師の話を聞くこと、メモを取ること、私語をしない、居眠りしない、などがチェックされる。
さらには、電卓計算コンテスト、伝票発行コンテスト、レジ打ちコンテスト、サッカー業務コンテスト、チーム対抗ゲーム研修成績なども個人成績に加点される。そして、生活態度も重要なポイントになる。トイレのスリッパの脱ぎ方、揃え方、大声で騒ぐ、廊下をバタバタ歩く、夜更かし、周囲への影響力なども教育担当が厳しくチェックしていく。
そして、最終筆記試験が待っている。これは全二十三講座をきちんと勉強していたら百点満点を取れるものだが、10年目の昨年まで一度も百点満点は出ていないそうだ。
最終日の修了式では成績発表が行われる。第一位から最下位までランキングとして公表されるのだ。一位を取るとゴールドエンブレムと図書券がもらえる。制服にそのエンブレムを付けることが許されるわけで、誇りになるという。二位から五位まではシルバーエンブレムが、六位から最下位は企業カラーのブルーエンブレムが支給される。
社長にいくつか質問させていただいた。
「よくできた教育テキストですが、これは市販のものですか?それともオリジナルですか?」
「この講座の成績と本人のその後の出世には相関関係がありますか?」
「この講座のあとのフォローアップはどうされていますか?」
「職場での受け入れ体制づくりで工夫されていることありますか?」
<あすにつづく>