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筋金入りの向上心

いつものようにスターバックスに行くとなじみの店員が「お休みは何曜日ですか?」と聞いてきた。土曜日も日曜日も月曜日もお店に来るから、疑問に思われたのかもしれない。「特に定休日は決めてませんよ。ま、毎日が仕事、毎日が休みみたいなものですかね、ハッハッハ」「ステキですねぇ、仕事が生き甲斐になっていらっしゃるのですね」「いやいや、そんなに大それたものじゃなく、もっと自然な感じでそうなっているだけです」

今日は仕事と生き甲斐について考えよう。

19世紀に活躍したイギリスのサミュエル・スマイルズはもともと医者だったが、『自助論』の大ヒットのおかげで作家、講演など著述業に転身した人である。彼の代表作『自助論』(英語タイトルは『Self-Help』)は、明治 4年に『西国立志編』として翻訳出版され、当時としては異例の 100万部を超える大ベストセラーとなった。明治の若者の魂を鼓舞するバイブルのような存在だったことだろう。

私も 20代のとき『自助論』を読んで感動したが、『向上心』の方も『自助論』に並ぶ代表作として名高い。今日はそちらの『向上心』の中で紹介されているエピソードをピックアップする。

文芸誌『クォータリー・レビュー』のギフォード編集長は生活のために文章を書くことがいかに疲れるかを知っていて、次のように述べている。

「一日中働いて、ようやく手に入れた文章を書くための一時間は、文学を商売にしている男のまる一日の労働に勝る値打ちがある。この一時間は、まるで鹿が小川の水を飲んで渇きをいやすように、歓喜に満ちて魂をよみがえらせる。文学者のまる一日の労働は、息も絶え絶えにうんざりしながら、必要に迫られて惨めな道を歩いているだけのことなのだ」

たまにしか逢えない恋人だから、より一層相手を好きになっていくように、仕事も限られた時間だけ目一杯の愛情を注いでやる方が喜びが大きい。「時間は無制限です。お好きなだけどうぞ」と言われたら希少性がなくなり価値は目減りするものだ。

だが、時間の概念をもう少し広くとらえると、そもそも人間にとって時間は有限である。寿命があるからだ。だから、「無制限です、お好きなだけどうぞ」というのは誤った認識にすぎない。

スコットランド出身の詩人、作家・ウォルター・スコットは 61年の生涯を送った。

生まれつき病弱で、幼い頃に小児マヒにかかり、足の障害はずっと残った。エディンバラ大学で法学を学び、大学時代には辺境地方を遍歴し、民謡や伝説の収集に熱中した。しかし在学中に病気を患い、大学を中退した。父の事務所で弁護士修行をしながら働き、後に弁護士となった。33歳のある日、ワーズワースに出会い、終生の友となった。出版業を営むワーズワースとの関係から、辺境地方の民謡などを出版することになった。その後、小説家に転身し歴史小説作家として名声を得、一躍流行作家となった。このまま彼が人気作家として成功を続け、そのまま生涯を閉じていたら彼の名は歴史に残らなかったかもしれない。

55歳のときスコットに悲劇がおそった。

共同経営していた印刷所が倒産・破産し、スコットも莫大な負債を背負いこんだ。さらには愛妻が子供を残して先立った。財産と愛妻をほぼ同時に失った 55歳のスコット。その心中はいかばかりか、想像しただけで胸が痛くなる。

そんな中、彼は筆一本で立ち向かうことにした。その後、文芸雑誌へのレギュラー執筆以外に、『ウッドストック』『祖父の話』『ナポレオン伝』など、次々と大作を書いてヒットさせ、その印税をみな債権者への返済にまわした。

その当時、スコットはこう述懐している。

「倒産したころは眠れない日々が続いたが、今は債権者に感謝された満足感と名誉ある誠実な人間としての義務を果たした充実感とで、ぐっすり眠れるようになった。目の前には長くて退屈な暗い道がみえるが、それは汚れのない自分の信用につながる道だ」

返済が順調に進んでいた 59歳のある日、過労がたたり脳出血で倒れた。どうにか一命こそ取りとめたものの腕が麻痺してペンをもてない。医師はこれ以上仕事をすると、もう命の保証はできないと言った。だが、返済はまだ終わっていない。どうするスコット。

<明日につづく>