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『余と万年筆』で漱石を悩ませたペリカン

誕生祝いにと長女夫妻が万年筆を贈ってくれた。パーカー製のもので、私のニックネームが名入れしてある。あまりに書き味が良いのでボールペンを放りだして、もっぱらこのペンを活用する毎日である。

万年筆といえば、夏目漱石の漫筆に『余と万年筆』というのがある。明治45年に書かれた当初は『万年筆の印象』というタイトルだったが、後に改題された。

ある日、ふと思い立って漱石は丸善で「ペリカン」を2本買って帰った。明治半ばに諸外国からインク吸入式の万年筆が発売され、高価ながらも人気の製品だった。いまでいえば、スマホのような存在か。漱石が買った「ペリカン」というのは、オノトと同じくイギリスはデ・ラ・ルー社の「ペリカン・セルフ・フィーディング・ペン」という万年筆で、当時の丸善のカタログに「ペリカン万年筆」として紹介されている。今日のドイツ製のペリカン万年筆とは別ものである。

漱石の時代、万年筆を持たない作家は、付けペンでガリガリ書くのが一般的だった。毛筆で書く作家も少なくなかっただろう。
そこへ万年筆という大変便利なものが現れた。漱石も遅まきながら万年筆に手を出したのはよいが、ペリカンとの相性は最悪だったらしい。

『余と万年筆』にこんな記述がある。
「不幸にして余のペリカンに対する感想は甚だ宜しくなかった。ペリカンは余の要求しないのに印気(インキ)を無闇にぽたぽた原稿紙の上へ落したり、又は是非墨色を出して貰わなければ済まない時、頑として要求を拒絶したり、随分持主を虐待した」

さらに漱石は、万年筆のペリカンを鳥のペリカンに見立ててこんなことまで書いている。

「尤も持主たる余の方でもペリカンを厚遇しなかったかも知れない。無精な余は印気がなくなると、勝手次第に机の上にあるどんな印気でも構わずにペリカンの腹の中へ注ぎ込んだ。又、ブリュー・ブラックの性来嫌いな余は、わざわざセピア色の墨を買って来て、遠慮なくペリカンの口を割って呑ました」

漱石流のユーモアにあふれていて微笑ましい。

souseki

 

その後、漱石は友人から「オノト」という英国製ブランドのペンを贈られ、「大変心持ちよくすらすら書けて愉快であった」と絶賛している。現在は「オノト」は生産されていないが、2009年に丸善140周年記念に復刻版「漱石」が一本140万円で発売され、話題を呼んだ。

オノト「漱石」

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最近では、1,000円前後の万年筆が売られている。私もオーロラ、ラミー、ペリカンの廉価ペンを持っているが高額品と遜色ない書き味に驚いている。