上海・南京路での買い物
「このバッグ、安いよ!ヤスイヨ、お客さん」いきなりの日本語。どうして日本人だとわかるのだろう。
そうか、スーツ着てカメラを下げていることを忘れていた。誰がみても典型的な日本人ではないか。
気を取り直して、バッグの値段を聞いてみると800元(12,000円)だという。値段もさることながら、端麗な容姿をしておられるので、思わず立ち止まって問いかけた。
「800元、ちょっと高いね。もっと安いのないの?」
「こっちのなら400元。でもお客さんに似合うのは800元のこっちだよ。」
「でもねぇ、日本円で12,000円か。やっぱり買えないな。」
と、立ち去ろうとする。
すると、
「お客さん、待って待って、イクラなら買う?」と電卓を差し出す。
「そうね、昨日ちょっと使ってしまったから、400元までしか出せないな。」と400を入力。
「400元?それじゃ私オケラね、やってる意味ないね。750元までなら安くするよ、どうするお客さん。」
「まだ高い。じゃ、間をとって600元。これ以上は僕ももう出せないよ。」と私も強気を装い、あえてよそ見する。
すると彼女は、電卓を放り投げながら、
「お客さん、このバッグを600元で売ったらワタシこれ」と、首のポーズ。
そして、電卓を取り直し、彼女は
「じゃ、これラストプライス、もうこれでおわりね、はい700元」
ま、良いか、100元も下がったのだし。
このコーナーにあるバッグは、どれも700元だというので約20分、じっくり選ぶ。
「じゃ、これにするよ、」と財布を取り出す。
「お客さん、いいの選んだね。」
「ありがとう」
「あ、それとこっちの女性用バッグ、今一番売れているよ。一個買ってくれたから650元でいい。あわせて1350元、きっと奥さん・彼女・娘が喜ぶ。」
彼女はいないが、奥さんと娘はいる。
これまた値切りに成功して都合、1200元で買う。
まずまずの買い物かな、と、精算を済ませると、
「お客さん、ワタシこれじゃちょっと困る。チップ欲しいね、ワタシに。」
「え、チップ。どうして? で、いくら欲しいの?」
「千円でいい。こんなに安く売ったらワタシ給料引かれる。チップがあればワタシ問題ない。」
「うん、わかった。はい、千円。」
「うれしい、このボールペンを付けておくから、今度友だちつれてきてね。」
「分かった。上海に来たらまた寄るよ」
帰国後、自慢げにその話をある方にしたら、
「武沢さん、あなたはぜったいに一人で買い物しちゃダメだ。高いものを買わされたあげく追銭までくれてやったようなものですよ。そんな甘い脇で買い物するから日本人はつけ込まれるんですよ。白人を見てみなさい。対等に交渉しているのに、どうして日本人は交渉場面になるとこんなに腰が引けるのだろう。」
「きっと交渉が甘いというよりは、女性に甘かったのですね。それにしても不思議ですね。チップを上げたらかえって応援してあげたくなるっていう心理があるけどあれって何でしょう。」
という会話をした。
たしかに購買の決定を下すその瞬間は、商品だけでなく売り手である相手も含めて買っているようなものだ。「商品の魅力+売り手の魅力」>価格
であれば私たちは財布を開く。
逆にいうと、財布を開いた瞬間というのは、売り手を気に入った瞬間でもあり、売り手からの新たな提案を受け入れやすいときでもある。
・今買ってくれた客にもっと買うように言う
・沢山買ってくれた客にはチップを請求する
・チップをくれた客には友だちの紹介を頼む
このようにいろんな要求をしてくる売り手のことが一番印象に残る存在になる。「デキの悪い子供ほど可愛い」に似た、不思議な心理でもあり、営業部門関係者は研究に値する。