昨日の 13時、「さあ手術に行きますよ」と看護師にうながされベッドから起き上がった。手術着に着替え、ストレッチャーに乗り替えて手術室に向かう。途中、エレベータに乗った。他の人が私に注目する。だが私に見えるのは天井だけ。
もっと緊張とストレスがあるものと思っていたがここまでくると平気だ。むしろ貴重な経験だと思ってベッドの上からあたりをキョロキョロ見まわしていた。写真を撮って、と頼むと素直に応じてくれる家内。
手術室に入り、手術台に移動。よくテレビでみる光景の、患者を照らす照明器が顔の真上にくる。かなり冷房が効いていて、手術着一枚ではかなり寒い。あとで調べてわかったのだが、手術室の温度は低めに設定するものらしい。それを知らない私は「ちょっと寒いのですが」と言ってしまった。看護師は「少し上げますね」と言ってくれた。
麻酔医師が、「麻酔を担当する○○です」と昨日の医師。彼も私の命を直接管理する一人なので「昨日の方ですね、よろしくお願いします」とていねいに挨拶した。
その直後である。「武沢さん、あと 15秒で意識がなくなりますよ」と麻酔医師に言われた。「15秒ですか」と私は反復し、心の中で数をかぞえた。1、2、3、……。6秒までは数えたが 7秒目からはまったく記憶がない。次に気づいたのは 3時間後で、場所は手術室の中ではなくその手前の待機室だった。
医師や看護師など 2~3人の声がする。「武沢さん、手術が終わりましたよ」と私の顔をのぞきこんでいる。心なしか笑っているような声と表情。”あ、無事に終わったんだ”と安堵した。幸い、痛みも苦痛もなにもない。ただ、麻酔が身体に残っているようで全身が鉛のように重く、猛烈に眠い。身体も口も自由に動かない。
「痛くありませんか?」「辛いところはありますか?」と医師が聞くが弱く首を横にふるのが精一杯。力をふりしぼって横にいた家内に、「今何時?」「かなり待った?」と聞こうとしても酸素マスクのせいか、それとも麻酔のせいか、声に力がなく伝わらない。
病室のベッドにもどって、酸素マスクや心電計、点滴など、ものものしい装備を付けられた。「今日一日は絶対安静です。トイレや飲食も禁止です」といわれた。身体に必要な水分や養分は点滴で補給するらしい。小用は溲瓶(しびん)で、大用も看護師が手伝うのでベッドの上で行う。そういえば、いつのまにか紙おむつと T 字帯をしている。
そして今、手術翌朝の午前 7時である。起床直後にのどの吸入と尿検査を終えて、このあと朝食。それから外来病棟へいって創(きず)の消毒、血液検査、レントゲン検査を受ける。かたいものは食べられないので入院期間中は全粥食になる。
徐々に手術した箇所が存在感をもちだした。口の中がかなり腫れているのもわかる。ただ、手術という大きな峠をこえてひと安心だ。
なにしろ麻酔で呼吸を停止させ、人工呼吸に任せるなどすごい事だと思う。機械と他人様に命をあずける。自分の命を自分以外のなにかにゆだねるという経験を初めてしたわけだが、これで他人様を信じる気持ちがいままで以上に強くなったような気がしないでもない。