世界的カメラメーカーで15年修業し、親の会社K精密に入社。その後、3年間の実務経験を積んで昨年社長に就任した紀藤は少し自信をなくしかけていた。
「思うようにならないんです、武沢さん。」
「いったい何があったんですか?」
要約するとこうなる。
人材の質が違いすぎるというのだ。以前の会社は一部上場企業であり、部下の基礎教育がしっかり出来ている。読み書きソロバンのすべてが及第点という人が入社してくると言ってもよい。ところがK精密は社員数30名の精密部品メーカーで、大半の社員が基礎教育という面で見劣りしているというのだ。
「昔のやり方が通用しないんです。前の会社ではある程度大きな方針や指示を与えておけば部下の方からそれを実現するための行動計画書が上がってきて、何だかんだといいながら物事が前へ進んでいった。でも今は具体的に指示を出してやらないといけない。営業部長が月間計画すら満足に書けない状況では、幻滅も失望もしますよ。」
「なるほど、社長業とは言っても机上の指示だけではうまくいかない。課長業のように現場での陣頭指揮も必要なわけですね。」
「本当にそうなんです。」
「紀藤さん、社長業と課長業の違いは何だかご存知ですか?」
「え、違い・・・?」
課長業に問われるものは、現場力というかライン力とよぶべきか、どろくさい力なのだ。一方、経営者に必要なのは、方針設定やコンセプトメークの力など頭脳ワークが必要になる。「作戦遂行力」と「作戦立案力」の違いと言ってもよい。
子供のころにくぎづけになったTV番組「コンバット」のサンダース軍曹とヘンリー少尉の違いでもあるだろう。
中小企業の経営者は、この両方の役割が求められる。とりわけ、部下に何かをやらせ、それを徹底させるときに必要な「作戦遂行力」の発揮にあたっては、相当な覚悟が必要であることが多い。時には返り血を浴びるくらいの格闘が求められる。
「作戦立案力」と「作戦遂行力」のバランスが取れてこそうまくいく。どちらか一方が弱ければ、その弱い方がボトルネックとなってそれが真の実力となってしまうのだ。この紀藤社長は、今までのキャリアからみて「作戦立案力」は充分なものがあるに違いない。だが、サンダース軍曹のように、自ら戦場の先頭に立ち、部下と一緒になって戦うなかから生まれてくる信頼感と汗のリーダーシップが、K精密のなかでは求められているのではないだろうか。
また冒頭のウエルチの言葉のように、挑戦する組織を作るためには失敗にも報酬を与えるなどして、諦めることなく忍耐強いアプローチが大切であることも申し添える。