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Y常務の懊悩

Y常務の懊悩

●先日お会いした関西地方のY常務(45)は私に会うなり両親への愚痴を語りはじめた。
ソフトウエアの受託開発の会社で、母が社長、父が専務、Y常務は15年前から両親の会社に入り、後継者として期待されている立場だ。Y常務に兄弟はいない。

●「具体的には何が不満なの?」と尋ねてみた。
すると、「両親だけもらっている役員報酬というものを僕は一度も受け取ったことがない」という。

●「役員報酬を受け取ったことがない? つまり無給で働いてるってこと」と私が聞くと「無給では暮らしていけません。毎月の給料は当然もらっていますが、両親がもらっている役員報酬というのはもらったことがありません」

●ときどきそうした誤解をお持ちの方がいるが、明らかな勘違いだ
役員が受け取る毎月の給料は、社員の給料とは区分けするために「役員報酬」という。
要するに「役員給料」のことだ。給料とは別にボーナス的にもらっている金額のことではない。

●どうやらY常務は長年、その不信感を抱きながら今日までやってこられたようだ。
もちろんこれ以外にもたくさんの不信がある。もはや、確執に近い
15年前に入社したころのY常務は若かったし、独身だった。ソフトウエアの開発現場で仕事をこなすことで精一杯だったし、それだけでも充分楽しかった。

●その後、結婚し家族の人生設計を考えるようになってからは自分の社内での立場やリーダーシップの取り方を気にし始めた。
数年前、上機嫌だった母をフレンチレストランにさそい、自分の思いをぶつけてみたことがある。

「おふくろ、おれも家族をもったし、そろそろいい年齢にもなった。家族や会社の将来にも責任をもたねばならないと思っている。いつごろ自分に会社を任せてくれるのか、おふくろの腹づもりを聞かせてほしい」

●すると母は好物のシャブリをかたむけながら、「あら、あなたも40になったのね、早いわね。事業承継のことは税理士の先生とも相談しながらやっていくから私に任せておいて」と明言を避けた。

●だがその後、その話題が一切でない。業を煮やしたY常務は一年後、父親の専務を夕食にさそった。
孫の話題で一時間ほど盛り上がったところで本題に入った。承継の話はどこまで進んでいるのか確認してみたのだ。だが父の口から出た言葉は信じられないものだった。

「お前との食事のあとは、母さんはひどく怒っていたぞ。私たちの座を脅かそうとしている危険思想の持ち主だって。いつからあんな子になったのでしょう、奥さんにけしかけられてるに違いない。少なくとも私に事業欲がある限り、社長はやめません。自分から事業承継を口にすることなんて金輪際ありません、とまで言ってたぞ。お前、母さんに何を言ったんだ」

●Y常務は絶句した。自分がいったい何をしたというのだ。

一時的な意見の対立なら話し合いで解決する。だが、親子の確執にまで発展してしまったケースでは当事者同士での解決は困難だ。力のある第三者に仲裁役を頼む必要がある。

●「武沢先生、僕は両親の会社をやめても良いと思っています。それが親不孝になるのなら考え直しますが、そうでないのなら居てもしようがないでしょう。いかが思われますか?」

これはもはや感情と感情の対立になってしまっている。こうなると弱者の立場にある者の懊悩(おうのう)がはじまる。Y常務の魂の叫びに私は答えなければならない。

<次の記事につづく>

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