雑談

限界効用逓減の法則と弟

「兄貴、これ飛騨牛のA5ランクだ。2キロある」
「どうしたんだ、こんなに」
「いつも兄貴が蟹を買ってくれるから、自分もなんかせねばと思って」
「養老で買ってきたんか?」
「もちろんそうや」

孝行息子伝説の養老の滝で有名な岐阜県養老郡養老町。
飛騨牛をはじめとして和牛が美味くて安いところで「焼肉街道」といわれる肉の名店街もある。
私も養老で講演させていただいた折り、「焼肉街道」の中でも特に人気のお店にご招待いただいた。
テーブルに並べられた美しい肉皿の数々に圧倒され、養老に住みたいと思ったほどである。

その年の元旦の夜は家族ですき焼き。
まずは薄くスライスした飛騨牛を一枚、割り下で焼いて溶き卵に浸してほおばる。
肉の上質な脂肪と一緒に自分の身体も溶けていくような上品な味わいだ。
「A5最高!さぁ、ここからは普通のすき焼きでガツガツいただくぞ」と心の炎がもえあがる。
肉にあわせた赤ワインのチョイスもバッチリだ。

だが、そのとき胃から胸にかけてちょっとした不快感が広がった
めったに食べられない高級肉を目の前にしながらこの膨満感は何だろう?
ふだんあまり口にしない高級霜降り牛の脂に胃がやられてしまったようだ。

私だけでなく家族も同じようだ。
その後、ぐつぐつ煮えはじめたすき焼きにも思ったほど箸が伸びていない。

「どうしたみんな?食べごろだぞ」
「ボクはもういいかな」
「お前は?」
「私もおなかいっぱい。昨日のカレーの残りがあるのでそれで締めにする」

結局、弟が奮発してくれた2キロのA5飛騨牛は半分以上残ってしまった。
翌日一日かけて全部いただいたが、散財してくれた弟が一番落ち込んでいた。

「兄貴、A5がいいってもんじゃないな」と翌年の正月、今度はA3の肉を3キロ買い込んできた。
その年のすき焼きは前年に比べると皆の箸が進んだが、それでも1キロほど余った。

「兄貴、いくら美味い牛肉でも同じものばかりだと飽きるな」と弟。
「そうだよ、弟。限界効用逓減(ていげん)の法則だよ。一口目は美味いがだんだん舌が慣れていって喜びが薄くなる」

兄貴、その法則はよくわからんが要するにどんなに良い肉でも同じものだけじゃ飽きてしまうってことだな。
来年はまた考えるよ、と弟。
その翌年も弟は養老に向かった。

前年と同じA3の牛肉1キロのほかに、馬刺し(1キロ)、豚肉(1キロ)、鶏肉(1キロ)、チョリソー(500グラム)を用意してくれた。
同じ鍋に牛も豚も鶏もチョリソーまでをも入れることに抵抗があったが、これが意外にうまくて箸がすすんだ。

「弟よ、これだよ。これぞ限界効用逓減突破鍋だ」と私。

限界効用逓減の法則が働くのは食事だけではない。

『人間は何事にも慣れる存在だ』とドストエフスキーが言うように、人間の暮らしやビジネス環境にもあてはまる。
どんな劣悪な環境や、不幸におちいったとしても、人はそれに慣れていくようにつくられている。
それが人の強みといえる。
反対にどんな幸せにも慣れてしまう可能性がある。
良くも悪くも慣れてしまい、マンネリになる。
慣れは強みであり同時に弱みにもなる

だからこそ変化が必要だ。
大企業では人事異動や配置転換を定期的に行って変化を起こしている。
中小企業や個人企業にはそれがないから要注意だ。
マンネリの目安は18ヶ月(1年半)。
18ヶ月同じことを続けていたとしたら、それは何かを変えるか、新しくやり直すか、別のことをするなどの対策が必要になる。

22年続けている「がんばれ!社長」はどうなの?
毎日新しいので私自身はマンネリを感じていない。
ひとりでも読み手がいる限り限界効用を突破するようなメルマガを配信し続けたいと思っている。