その他

同級生とのZoom面談

同級生とのZoom面談

●しばらく没交渉だった同級生のA君がZoom面会したいと言ってきた。
「いつまで仕事をするつもりや?」といきなり聞く。
彼の周囲の同級生たちは半数近くが引退もしくは半引退しているという。

「僕は10年や20年は引退なんかしない。たぶん仕事はずっとやるだろうね」と私が言うと、あきれた顔をつくり「養生も大事だぞ」と警告してきた。

●「養生?」
「そう、俺らの世代の5~6人に一人はもう亡くなってる」
「そんなに?」
「ああ、同級生の葬儀に何回でたことやら。武沢は幼なじみの葬儀に出たことがあるか?辛いもんだぞ」
「そういえば出た記憶がないな」

●彼の声はずいぶんしわがれたし、話す内容も所帯じみている。
けど話し方だけは子どものときと変わっていない。
「A君、悪いがそういう話題には興味がないんだ。地元にずっといると同級生や親のそうした話題がバンバン入ってくる。そういうのが苦手だから二十歳で地元を飛び出たんだよ。悪いが、今日の本題に入ろうか。」

●Zoomを切り、彼の要件を思い出していた。
「高級老人ホームの会社の経営者を知らないか」というのが彼の用事だった。
まさかA君自身が入居する老人ホームを自分で探しているなんて知るよしもなく、私は内心で驚いていた。
たしかに経営者を知っていれば安心なのだろう。
彼の経済力なら毎月100万円程度の支払いも問題ないのだろうが、どうして施設に入ろうとするのだろう。

●彼の場合、両親はともに亡くなった。
子どもは皆遠くへ巣立っていった。
奥さんとは数年前に離婚している。持病があるので医療スタッフがいる高級老人ホームに興味をもつのも分からないではない。

●A君みたく持病をもっていない私がA君の立場なら一人暮らしを選ぶ。
ただ家事があまり好きではないので、週に何度かはハウスキーパーに来てもらうことになるがね、と私。
映画『83歳のやさしいスパイ』にあるようなホーム暮らしも悪くないが、私は自由を大切にしたい。

●「いつまで仕事をするつもりや?」

A君に問われるまでもなく、法人の社長職をバトンタッチする計画はある。
後継者とも承継計画を共有している。
しかし社長退任が仕事の定年を意味するわけではない。
社長退任は新しい働き方のスタートでもあるので最初が肝心だ。
なんとなくフワッと引退したら、ずるずると身も心もなまっていきそうな気がする。

●A君の話し声を思い出しながら缶ビールの栓をあけた。
iPadを開き、「定年」という漢字をAppleペンシルで手書きした。
その横に言葉遊びの落書きをした。
「定年、停年、諦念、丁年・・・」

●「定年」とは「停年」(退職する年)を意味するものではない。
ましてや「諦念」(あきらめの気持ち)なんかではない。
むしろ令和時代の「定年」は「丁年」であるべきだ。
丁年には「一人前に成長した男子」という意味がある。
まだ一人前になっていない男子のことを「丁稚」(でっち)というのもそこからきた。

●社長業を退任したあとは丁年の人生を始めよう。
いままでの経験と知識をもとに自分のためと誰かのために好きなペースで働くことができる。
ある意味、人生の本番は「丁年」以降なのではあるまいか。

A君のように施設に入るのも悪くあるまい。
一人暮らしするのも結構だ。
場所が問題なのではない。
どう暮らすかが大切なのだ。