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83歳でモテ期が来る?

●五輪休暇で4連休となった先週末。「スポーツの日」の午後1時から8時までの7時間で3本の映画を観てきた。いずれも個性的な小作品で、有名な映画俳優はひとりも出てこない。それでいて飽きることも疲れることもない時間を過ごせたのは作品の力か。

●特に三本目にみた『83歳のやさしいスパイ』にいたっては、オーディションに参加した一般男性のセルヒオ氏(83歳)が主役。あとの登場人物も全員が老人ホームで暮らす一般人。

●設定はこうだ。
実在する探偵事務所が80歳から90歳の男性調査員を募集する。多数の応募者の中から選ばれたのがセルヒオ・チャミー氏。
氏がスパイとして潜入するのは老人ホーム。調査依頼とは、入居している母が施設のなかで虐待を受けていないか、ちゃんと薬を飲んでいるか、などを調査してほしいというもの。そこで潜入調査するための求人募集するところからこの映画が始まる。

●脚本・監督をつとめたマイテ・アルベルディ氏は実際に老人ホームの内部調査を頼まれるケースがあることを知り、この映画を企画した。
老人ホームの許可を得て、セルヒオ氏がスパイであることを隠して3ヶ月間のドキュメント映画をつくった。

●セルヒオ氏に与えられた連絡手段はスマホ。スマホ未経験のセルヒオ氏にとってそれだけでも高いハードルなのに、「めがね型監視カメラ」や「万年筆型カメラ」などのスパイグッズがそれに加わる。
さらには他の入居者に気づかれないためのスパイ用の暗号単語も覚えねばならない。

●潜入調査の目的は明快だが、老人ホームのなかで筋書きのないドラマが繰り広げられる。むしろこの映画の見どころはそちらだ。
第93回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞にノミネートされたというだけあって、事実は小説より奇なりを地でいくおもしろさ。

●主役のセルヒオ氏は若いころイケメンでモテたに違いないと思う場面がいくつもある。いつもYシャツにジャケットを羽織り、時には帽子もかぶっている紳士ぶり。ホームの中ではそれだけでも目立つ。
当然、ご婦人方の熱視線を浴びることになる。もともと圧倒的に女性比率が高いのが老人ホームだけに、セルヒオの周りにいつも何人かの女性が集まるようになる。

●そうなのだ。女性比率が高い高齢者施設では、男性が80代になってもモテる可能性があることを教えてくれるセルヒオ氏。
ここから先はネタバレになりそうなので口をつぐむことにするが、高齢者の方はもちろん、高齢者の家族がいる方にも是非ご覧いただきたい。決して心温まる感動の物語、というわけではない。そこには厳しい現実を直視せねばならない場面も多い。

●私の前列に3人組の女性が座っておられた。一人は30~40代だが、70~80代とおぼしきご婦人を二人連れておられた。どういう関係の三人なのかは知るよしもないが、若い女性が映画に誘ったのではないだろうか。

●収録期間中に施設内で亡くなる人、痴呆が日に日に進む人、家族の見舞いもなく泣いて暮らす人など、高齢者が観るには辛い場面も多かった。だが、そんな場面も含めて、前列のお二人の婦人は頷きながら映画を最後まで見入っておられた。どんな感想をお持ちになったのか聞いてみたかったが、セルヒオ氏みたく優しく声をかける勇気が私にはなかった。

★83歳のやさしいスパイ → http://83spy.com/