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続・A君、赤坂高級クラブ事件

昨日のつづき。

「君の独立を祝いたい」
建築家・A君(30才)はゼネコン幹部に可愛がられていた。
その日はX・Y両氏から声をかけられ、壮行会を赤坂の小料理屋で開い
てもらったのだった。
二次会はクラブへ。そこは異次元の高級感ただよう店で「ドンペリ
やら高級そうな洋酒が次々に開けられていく。店中のホステスがA
たち三人のテーブルに集まり、どんちゃん騒ぎになった。

祭りのあと「勘定書きを見ずに自分が払いますと言えるか」と言
れたA君は「わかりました。僕がお支払いします」と言ってしまった。

勘定は1,097,781円だった。

カードの限度額が超えているかもしれない。恐る恐るアメックス
渡すと数分してママが戻ってきた。
「こちらにサインを」とペンを差し出され、「良かった~」と同時
「どうして決済できちゃうんだ」という悔しさがこみ上げてきた。

「A君、今夜のことは俺たちふたりとも決して忘れないから」店の外
に出るなりX氏はそう言った。酩酊するY氏の補助をするX氏自身もよろ
めいている。
「いや、とんでもないですよ。いい勉強をさせてもらいました。今
ともよろしくお願いします」
表づらのA君はいつもの好青年だった。

タクシーに乗り込んだ二人を見送り、A君はその場でひとり立ち尽く
した。時計を見たら午前2時を回っている。東京を代表する歓楽街もこ
の時間になると人通りは少ない。

「嫁になんと言おう。会社設立に参加してくれる二人のメンバーに
んて伝えよう」
「ひと晩で100万円以上散財するなんて、夫失格、社長失格だ」うつむ
きながらトボトボあるくA君。目の前に街路樹のプラタナスを見つけた。
そこにおでこを当てて下を向くとワケもなく涙がポタポタと地面に
ぼれ落ちた。

自分の涙が土に吸収されていくように、自分の100万円があの店に飲
みこまれた。いや、あの二人に飲まれたというべきか。
悔しさ、情けなさ、罪の意識、それらが交じり合って無性に何かを
撃したくなった。
その瞬間、プラタナスを殴っていた。拳骨に痛みは感じない。二発
三発とグーパンチで殴った。腰を入れて本気で殴った。五発ぐらい
ったとき手に痛みを感じた。酔いのせいと、涙のせいでよく見えな
ったが、血だらけになっていた。コンビニをさがし、絆創膏と包帯
買った。

翌日、嫁に言い訳し、スタッフにも謝った。二度とこんなバカは
ないと頭を下げた。あきらかに嫁もスタッフも白けていた。面と向
って抗議はしないものの、「何やってるんですか!」という目をし
いた。その目がA君には辛かった。

1週間ほど経っただろうか、X氏からA君にサプライズ電話が入った。
マンションリフォームの設計依頼だった。
約500万円ほどの設計料になる仕事だった。仕事がなかったA君のオフ
ィスにとって砂漠にオアシスのようなプロジェクトだった。皆、歓
にわいた。涙もろいA君は人目をはばかることなく泣いた。

おれのバカさは小バカだった。もっと大バカにならないと、と思う。
小さなソロバン勘定で生きていては小さな世界にとどまる。X・Y両氏
は最初からこの案件を僕にくれるつもりで試していたのに違いない
もしあのとき僕が「払いません」と言っていたら、この仕事はどこ
に発注されたことだろう。

「呼ばれたら財布を持って走れ!」というのは華僑の教えらしい
若いから金がないのはしようがない。だが、「貧乏なときこそ食事
に誘われたら、自分の財布をもって駆けつけろ」と彼らは教える。

「あいつは金もないのに飯代を払った」というところを先輩はよ
見ている。金があるからご馳走するのは当たり前。しかし、金に苦
しているときに払うお金こそ、二倍三倍の価値がある。

自分は年下だから、後輩だからご馳走になるのは当たり前。そん
人間は飯に誘われなくなり仕事もなくなる。
「それが世の中だ」
10年前をふり返り、A君は後輩たちにそう教えている。