「君の独立を祝いたい」
X・Y両氏から声をかけられたA君はそのころ30才になったばか
一級建築士の資格をもち社交性もあって営業センスも抜群なA君は
ゼネコン幹部のX・Y氏たちから可愛がられていた。
「ぜひお願いします」
A君が連れて行かれたのは赤坂の小料理屋だった。
年齢が一回り以上先輩のX・Y両氏はA君のためにたくさんの助言
た。ひとつひとつが身にしみた。最後には記念の置き時計までプレ
ントされ、しかも飲食代も二人の先輩もち。恐縮しながらA君が店
ると、X氏が「もう一軒寄っていこう」と言った。
「もちろんです」
連れて行かれたのは赤坂の高級クラブだった。A君が普段行きなれ
る感じの店とはまるで違う。内装や調度品、ホステスの年齢、ドレ
メイクなど何から何まで別次元。
「黒革の手帖」などのドラマでよくみかけるような光景だった。
「先輩、すごいところをご存知なのですね」
運良く店は空いていてひと組しかいなかった。普段なら1テーブル
人か二人の女性しかつかないが、その日に限っては一人に一人つい
「当たり前だ、おれはこういう店しか知らん」と笑うX氏。Y氏は
理屋の段階から酔いがまわっているようで、「A、今日はあなたの
を祝ってトコトン飲むぞ。ママ、ドンペリ出して」と快調に飛ばす
「ドンペリは何にされますか?」とママ。
「とりあえずピンドン2本!」とY氏。
ひと組しかいなかった客も帰っていった。いつしかクラブ中のホ
テス15人ほどが彼らのテーブルに集まってきた。
「じゃあピンドン2本追加」とY氏の暴走は止まらない。
(ピンドンって10万円以上するのではないか、いか、2~3万だ
どっちにしたって今夜は大変だぞ)とA君は思った。
「私は水割りをください」「私はボルドーの赤を」
ホステスが欲しいドリンクを注文する。店は貸し切りのパーティ状
になってきた。いつも盛りあげ役のA君は、その日、誰よりもハイ
スで飲み、語り、はしゃいだ。
二時間後、祭りは終わった。ホステスの半分はすでに帰っていた
残されたのはママと数人のホステス、それに酩酊状態の彼ら3人だ
った。
「ママ、お勘定」と言うX氏のろれつも回っていない。Y氏にいた
はひとりで歩くこともできないほどの泥酔ぶりだ。数分してママが
に戻り、勘定書きをテーブルの上に裏返して置いた。
「ついにこの瞬間が来た」
A君は相当な出費になることを覚悟した。
起業したばかりでお金の余裕はまったくない。財布の中には3万円
ているが、それだけでは足りないことは分かっていた。
先輩が勘定書きを手に取るものと思っていたが、なかなか取ろうと
ない。
変だなと思ったA君はX氏を見た。すると目が合うなりX氏は言っ
「A、その金額を見ずに、自分が払いますと言えるか」
「えっ、僕がですか?」
いつしかA君は呼び捨てにされていた。
「そうだ、この瞬間からお前は給料制のサラリーマンじゃない。経
者だ。この店にも顔を売っておく必要があるだろうし、何より、俺
ちにも接待すべきじゃないのか」
(むりです、むりです、うわぁ、最悪の展開だ)
そう思いながらもためらってばかりはいられない。
「NO」ならNOで明確に断るべきだ。中途ハンパな「3人ワリカ
どとは言えない空気があった。
「私が払います」
ほとんど瞬時にそう口にしていたA君だった。
「わかった。ここはご馳走になる。勘定書きを見てみろ」
X氏にそう言われ、内心で恐る恐る、表面的には堂々と勘定を見た
「¥1,097,781也」
と書いてあった。
吐きそうになった。
このお金でMacもコピー機もFAXも電話機もなにもかも買えて
それが一瞬の酒代に消えた。
(そもそもこのカードで落ちるのか)
A君はまっさおになっていた。
<明日につづく>