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続・仕事に取り憑かれた野球選手

落合博満選手がロッテと中日に在籍していた時代、ファンに色紙
出されると、白い面にサインしていた。中日時代の後半から巨人、
ハム時代には、色紙の反対側の装飾がある面にサインするようにな
た。

その理由を記者に聞かれ、こう答えている。
「色紙は白いほうを差し出すもんじゃない。色のついた方を差し出し、
書き手がまだまだ表に書く身分じゃないんでと、白いほうに裏返し
書くんだ。最初から裏(白い方)を出してどうするんだ」

本質を学ぶ落合氏らしいエピソードである。

氏がプロ野球に入って実際に間近でプレーを見た二塁手はたくさ
いる。そのなかで、併殺プレーが一番上手だったのは阪急にいたマ
カーノ選手だった。ある日の試合前に通訳を連れてマルカーノ選手
ところに行った。「併殺プレーで大切なことは何か?」と。
プロ選手が企業秘密を明かすはずはないと思っていたが、意外にも
ルカーノ選手は次のような貴重な教えを授けてくれた。

「落合、一塁走者が二塁めがけて走ってくるが、一秒で何メート
近づいてくるか分かるか?」と聞く。首をかしげていると、「どん
に足の遅い選手でも1秒で3メートル以上も自分に近づいてくる。彼ら
は二塁のベースをめがけて走ってはこない。自分めがけて突進して
る。二塁手に大切なことは走者から決して逃げないことだ。逃げる
でなく、スライディングしてくる上からオーバージャンプして体当
りを交わすことだ。ボールを一塁に投げるときには、走者の顔を目
けて投げろ。そうすれば相手が顔をそらすから。もしお前が逃げる
塁手だと思われたら、毎回、本気でぶつかってこられるようになる
相手に恐れられる選手にならねばダメだ」

後に二塁手としてベストナインに2度選ばれる落合氏の守備は、この
ときのマルカーノの助言が財産になっているという。
ロッテに入団したとき、教え魔と言われた山内監督が落合のバッテ
ングを変えようと熱心に指導したが、その内容が自分にあわず、「
督、自分で考えますから」と指導を拒否した落合氏。
自分が必要なことであれば進んで学びにいくが、必要と思わないこ
に対しては相手が監督であっても無視をする。

そんな落合氏の講演が終わり、お楽しみ抽選会が始まった。
一等賞のサインバットに当選した人が壇上に上がった。司会者に感
をもとめられた当選者はなんと落合氏に「そのバットでスイングし
下さい」とおねだりした。なかなか度胸のある当選者である。

「オレの身体を壊すつもりか」と言いながら上着を脱ぎはじめる
合氏。「かんぬし打法!」などのヤジをやり過ごし、正面向きと横
きとの二度、バットスイングした。準備運動もなにもない状態なの
現役時代のフルスイングに比べれば半分程度のヘッドスピードだっ
が、私はそのスイングの軌道の美しさに目を奪われた。
ものの見事にレベルスイング(バットが波打たない水平のスイング
だったからだ。
「お前の打ち方じゃ絶対打てない」とレベルスイングを指導したロ
テの山内監督が落合に伝授したかったスイングそのものだった。
そのスイングをまぶたに焼き付けただけでも、1万3千円払った価値が
ある。