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自問自答しながら生きる

Rewrite:2014年3月23日(日)

清朝において李鴻章(りこうしょう)をはじめ有能な官吏を育成した哲人政治家・曾国藩(そうこくはん)という人がいる。この偉人が32歳の時に書いた日記の中に、「課程十二条」というものがあり、中でも次の4箇条が有名だ。

1.静坐・・・毎日何時にかかわらず静坐すること四刻、鼎の鎮するが如し。(一定時間めい想すること)
2.早起・・・黎明即起し、醒後、てん恋するなかれ。(夜が明けたらすぐ起きる。ふとんの中でもうろうと睡眠をむさぼらない)
3.読書不二・・・一書未だおえざれば、他書を看ず。(一冊の本を完了するまでは、次の本に移らないこと)
4.作字・・・飯後、字を写すこと半時。筆墨応酬まさに自己の課程となすべし。(朝食後、古典から文字を書き写すこと)

私たちが見失いがちな生活態度がここに要約されている。インターネットやスマートフォンが普及し、活字情報が氾濫するにつれて、私たちは自らの内面を省みる時間が足りない。人間として、どのように生きるか、会社経営を通して何をなさんとするのか、そうした真摯な問いかけに対して答えが言えるだろうか。

夏目漱石の講演録が文庫本になっている。文豪と称された彼は、座談や講演の名手でもあった。その彼の代表的講演のひとつに「私の個人主義」というものがある。学習院大学の学生に対して行った講演で、彼の半生が赤裸々かつユーモラスに語られ、意義深い。

その講演の中で漱石は、教育者としての自分がその素因に欠けており、学生に英語を教えるのが面倒で、スキがあれば自分の本領発揮できる分野へ飛び移ることばかりを考えていた、と語る。松山から熊本へ赴任し、文部省から英国留学の話が持ち込まれたときもためらっている。意を決してロンドンに来ても自分の本領がなんなのか、結局わからない。

そうしたもがき苦しみの中で見つけた自分の生き方こそ自分の主義とよべるものであり、何ものも干渉できない独立の精神だと説く。30歳を過ぎて答えを見つけた漱石。

中国の言葉に、「行年五十にして四十九年の非を知り、六十にして六十化す」というものがる。50歳になってそれまでの49年間が間違っておった、駄目だったとしみじみ悟れることの大切さを問うている。また、六十歳まで生きて、その間常に自己反省を忘れず、過ちがあれば即座にこれを改める。たとえてみれば、一生で六十回も生まれ変われるような人間が本物だという意味だ。

「自問自答しながら生きる」、そうした生き方がネット社会の今だからこそ大切なのではあるまいか。