その他

続・肇の夢(はじめのゆめ)

昨日のつづき。

昨日号→ https://e-comon.jp/?p=26711

俺は肇(はじめ)。
相場で失敗した母と俺たち9人兄弟は、借金取りから逃げるために島を出た。
そして俺はひとりで大坂に来た。
日雇い労働者をやったあと、今ではヤクザの下っ端仕事をしている。

ある日、酒場で知り合った「太郎御仁」(たろうごじん)の家に案内された俺は、「長谷川」と名乗る男を紹介された。
声も顔も海で遭難した親父にそっくりで、最初はひどく驚いたが、彼は工務店を経営しているというので別人らしい。

その日は太郎御仁は俺たちのために粥を用意してくれた。
まだ煮えていないので、先に酒を酌み交わすことにした。
ところがどうだろう、俺さまとしたことが、すぐ眠くなり、横になった。

いったいどれほど眠ったのだろうか。
あれから何年かが過ぎていた。

目が覚めると、俺は自分の家の居間にいた。
嫁の幸子がつくってくれた朝食を食べ終え、会社に向かうところだった。
義理の父として俺の身元を引き受けてくれた長谷川の親父さんの会社「長谷川工務店」で、俺は社長を任されていた。
日本中が住宅難ということもあり、安く早く作る技術をもった我社の家は売れまくった。

「幸子、行ってくるね」
「あなた、気をつけて。今日は遅くなるのかしら?」
「そうだね、今日は赤坂の料亭で自民党の田中幹事長と打ち合わせがある。二次会がなければ、帰りは9時ごろかな」
「田中幹事長はウイスキーがお好きですからね。きっと銀座か赤坂のバーまでお供をするかもしれませんよ。悪い女に引っかからないで下さいましな」
「そうだな。だけどお前ほど悪い女はいない」
「まあ、人聞きのわるい」
幸子とは銀座のクラブで出会っていた。
幹事長がキューピット役で、肇と幸子の仲人まで引き受けてくれたのだった。

社用車のリンカーンで会社に向かう。
車中ではいつも新聞を読むのだが、今日は休刊日。
後部座席で目を閉じると、あの日のことが思い出された。
太郎御仁のバラックではじめて長谷川の親父にあったあの日のことを。

「お前、夢はあるのか」と聞いてきた親父。夢なんか一度もみたことがなかった俺は、酒の勢いで大ボラを吹いた。

「日本のトップに立つ」と。

親父は「何のトップだ?」と聞いた。

俺は訳もわからずに「トップの中のトップだ」と言ってやった。
「だったら政治をやれ。その前に俺の会社で働いて力をつけろ。その前にヤクザな商売の足を洗え。俺がけつをぬぐってやる」
親父がいくら払ってくれたのかわからないが、組員時代のアニキたちが有名な寿司屋を借り切ってわざわざ俺のために送別の宴を開いてくれたものだ。
「いつでも俺たちをつかってくれ」と言っていたが、できるものなら近づかないでおきたい。

「あの日の出会いがなければ俺は今ごろどこで何をしていただろう
「社長、社に到着しました」
「ごくろう」

話を端折るが、それから20年経った。
すでに長谷川の親父は亡くなった。
俺も「長谷川工務店」の経営を息子に委ね、政治家として日本のために働いていた。
自民党所属の国会議員として、副幹事長になっていた。
異例の出世と党内でささやかれ、「田中総理の懐刀」などとも言われた。

「あなた、私も総理夫人と呼ばれる日が来るのね」
「どうしてそんなことを聞く?」
家では仕事の話題を嫌う肇。俗世間にうとい幸子がそんなことを聞くこと自体がめずらしいことだった。
「だって、さっきのテレビ番組であなたのことを特集していたから

その翌月、田中総理が逮捕された。アメリカの大手航空機会社から賄賂を受け取っていたというのだ。
田中総理の政治生命は絶たれた
「礼状が出ています」
身に覚えがないのに、肇の家にも連日、検察や警察の捜査が入りだした。

<明日決着>

※これは、あるメッセージをお伝えするためのフィクションです。