Rewrite:2014年3月23日(日)
学者と経営者の立場の違いについて考えさせられる出来事があった。
あるとき一流大学の教授の講演を聴く機会があった。講演の内容はさておき、司会者による講師プロフィールの紹介が気になった。司会者が、こんなことを言ったのだ。
「この○○先生は、たいへんな現場重視の先生でもあられ、自分の目でみたものだけを信用する、二次情報は信頼しないという先生であり・・・」
と続き、机上の理論でなく、現場でつかんだ体験にもとづいての話が聞けますよ、ということを言いたかったのだろう。
こういう発言が許されるのは学者だからであって、経営者がそれを賛美していてはやっていけない。
世の中に現存するものだけを肉眼で見、信じていくことだけでは企業経営はつとまらない。この世にまだ存在しないもの、チャンスや可能性、潜在能力といったものに賭けていくことが起業家魂なのだ。
「コーヒーはイタリア人にとって音楽のような存在だ。アメリカのひどいコーヒーに慣れ親しんだ人々にも、良質なエスプレッソやカフェラテは受け入れられるはずだ」
スターバックスコーヒーの創業者・ハワードシュルツは、アメリカに存在しないコーヒーチェーンを夢見てゼロックスを飛び出た。有名企業での地位、75,000ドルの年収・車・同僚・住まい、すべてを捨てて、アメリカ東海岸から西部のシアトルに渡り、壮絶な挑戦が始まった。
シュルツのそうした行動の源となったもの、それは彼自身の夢、つまりまだ見ていないものに賭けてみたのだ。
私たちは「見たものしか信用しない」ということを誇りにしてはならないのである。