経営理念、経営哲学

めざせ現場!ある社長の辞任劇


コンサルティングを仕事にしてかれこれ四半世紀になるが、初期のころから15年近くお手伝いした会社がある。
仮の会社名を T 設計事務所(T 社長)とする。
同社は顧客向けに「情熱通信」という名の社外報を発行しておられるが、今月、臨時特別号が届いた。新社長(ご子息)就任の挨拶だった。

既定路線ではあったが、ついにこの時が来たかと感慨深い思いがした。世間でよくあるような結婚式の案内状のようなものとは一線を画す、情熱が伝わる紙面作りが T 社らしい。
装丁は B4サイズの上質紙を二つ折りにしたもので、見開きの右側が創業社長の顔、左側が新社長の顔。かなり大写しされている。
鼻から口元にかけて瓜二つである。

新社長の顔の横には「新社長始動。」の文字。その下にはロンドンで学んだ建築設計とデザインを、今後の仕事に活かしたい。
新しい T設計の顔になれるよう全力を尽くします、と初々しい決意が述べられていた。

私が驚いたのは右側のページ。
70歳で社長を退任する創業社長の顔の横にデカデカと「41年目の再挑戦」と書かれていたのだ。
「再挑戦?なにか新しい事業でも始められるのか」と思いきや、文面には意外なことが書かれていた。

・・・
30歳で T 設計を立ち上げて40年。このたび私、T は社長職を辞任し、本来の建築業務に専念することを決意いたしました。
70歳にして現場復帰!
会社が若返りを図る時期に来たからこそ実現可能になった私の長年の夢です。
会社経営は新社長に委ねることになりますが、私は建築家の原点に戻り、若い社員たちと切磋琢磨しながら、これからも皆様の繁栄に尽力していく所存です。
(後略)
・・・

名前の下に新しい役職があった。
「株式会社T設計事務所 取締役設計本部長」

社長を辞任し、現場復帰する。もういちどひとりの建築家として若い社員と一緒に切磋琢磨し、現場で腕を振るう。
なんとも夢を感じる世代交代ではないだろうか。

紙面の裏側には、設立されたばかりの新会社のコンセプト商品のオシャレな画像。
この世代交代によって T 社は前より良くなる、と読み手に思わせるのに成功した。新旧両社長にとって最高のお披露目ではないだろうか。