その他

愛される、なめられる、恐れられる、憎まれる

今月、牡蠣にあたってセミナーをキャンセルした社長がいた。
「今ごろ牡蠣?」と驚いた私。
牡蠣は冬のものだと思っていた。
だが友人の A が言うには、牡蠣は一年通して食べられるものらしい。

「そんなはずないだろ、昔から牡蠣がうまいのは Rのつく月だ。夏は岩牡蠣があるが」と私。

つまり牡蠣の旬は January(1月)、February(2月)、March(3月)、April(4月)、September(9月)、October(10月)、November(11月)、December(12月)である。みんな R がつく。
今は4月なのでぎりぎりセーフだが、次は秋になるまで見納めだろう。

しかし A いわく、北海道の厚岸(あっけし)でとれる牡蠣だけは、一年中生で食べられますという。
新橋に専門店ができたので行きましょう、と連れて行かれた。
店にはすでに B が先に席を確保し、飲み始めていた。

三人の牡蠣談義はなかなかの盛り上がりだったが、議論は経営者の人間性はどうあるべきか、というかたいテーマになった。
どうやら B(税理士、50歳)の事務所では最近5人も社員が辞めたらしい。
酔いやすいタイプなのか A(建築士、40歳)はまだ二杯目なのに B にからみ始めた。

A:5人辞めてもまだ10人残ってるからいいじゃないの、B さん。うちなんかね、5人辞められたらゼロだよゼロ。わかる。B さんは 余裕があるんだから落ち込む必要なんかないの。

B と私は初対面だが、かなり堅物の印象がある B。
それにまだ全然酒が回っていないのか、すごく冷静な口ぶりだ。

B:A ちゃんね、励ましはありがたいけど僕の本当の気持ちはわからないだろうな。僕がどれだけ職員を大切にしてきたか。職員第一主義といってもいいくらい僕にとって大切な存在なんだよ。家族と一緒なんだ、職員は。

A:優しいからねB さんは。職員がうらやましいよ。僕なんか社員に厳しくて毎日ガンガン文句言ってるから1年以内にみんなやめていく。今ではタフな古参社員が残っただけ。若い子は定着しない。ねえ、武沢先生、Bさんは経営者の鏡みたいな人でしょ?

武:う~ん、まだよくわからないけども、B さんに何があったの?

(B 氏は、職員が辞めるにいたる経緯を約20分語った。私と A は出された生牡蠣、チーズ、白ワインを楽しみながら終始無言で聞き続けた)

(そして1時間半後)かなりできあがった。

「私たちのうち、どちらが経営者の人格としてふさわしいのでしょうか」と A 氏。
職員思いの B 氏は「経営者は職員を誰よりも愛する人。できれば職員からも愛される存在でありたい」と考えている。
一方の A 氏はその反対のことを考えているようだ。
「経営者は社員の将来のために、嫌がることや耳が痛いことでも平気で言える鬼軍曹タイプでなければならない」と信じているようだ。

そして二人は社長として、信じたことを実行している。

どちらかを選ぶことはできない。
経営者は部下から信頼されることが重要で、信頼される方法は人それぞれ。
愛によって信頼を得ようとする人がいる一方、厳しい指導で信頼を得る人がいる。
もっと他の方法で信頼を得ようとする経営者もいるだろう。
ドラッカーは経営者に「品性」や「真摯さ」が必要と説いたが、それも信頼を得る手段といえる。

恐れられることによって信頼される方法もある。スポーツ競技など肉体派の組織ではとりわけ恐怖が有効かもしれない。

「君主は愛されるより恐れられよ。しかし憎まれてはいけない」と、『君主論』のマキャベリの言葉にもある。

嫌われたり憎まれたりしてはいけない。だが、愛されようとするあまりなめられてもいけない。
経営者は時に、部下から恐れられるような部分があっても良いのではないかと思う。