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鬼が手伝う仕事とは

牛嶋浩哉社長(仮名、55)の信条は「経営はリクルーティングに尽きる」というもの。20歳で単身アメリカにわたり、不動産事業で成功した。年収5,000万円+自社株配当が数千万円あり、約2,000万ドル近い(23億円)個人資産を35年間で作った。

「経営はリクルーティング」という信条の真意を伺ったところ、生い立ち話が始まった。以下、昨日からのつづき。

私(牛嶋)が25歳になったときでした。
叔父が「もう大丈夫だ」と独立をすすめてくれました。「ニューヨークではなく、ボストンかニュージャージーでやってほしい。競合せず、お互いに助け合えるから」と言われました。

私は不安だらけでしたが、叔父との関係を大切にしたかったので喜んでニュージャージーに行きました。カジノホテルで遊んだことがあり、土地勘もあったからです。幸い妻も引っ越しに同意してくれました。自分で会社を経営するにあたり、私は叔父に質問しました。

「自分で事業をやる上で一番大切なことは何ですか」

叔父はしばらくパイプをふかしていましたが、「やっぱりリクルーティングに尽きるだろうな」と言いました。首をかしげている私の目を見ながら、「俺がお前をニューヨークに呼んだ理由を知りたいか」と言いました。
私がうなずくと、「最初は本当に良い病院があったからだ。お前の病気を治してやりたい気持ちしかなかった。一緒に仕事をしたいと思ったのは、ずっとあとになってからだ。お前がうちでアルバイトするようになっただろ、そのときの仕事ぶりが気に入ったんだ」

「え、僕の仕事ぶりですか」
「そうだ。一心不乱に仕事をするやつに天が味方する」
「一心不乱ってなんですか?」
「自分の都合や生理現象より目の前の仕事に打ち込むことだ」
「・・・」
「お前はよくランチを抜いたよな。お客との面会や電話を優先させるためにトイレを何時間も我慢したことだってある。彼女とのデートをキャンセルしたこともあったよな」
「お恥ずかしいです。それって単なるモーレツ野郎なんじゃないですか?」
「単なるモーレツ野郎のどこがいけないんだ。仕事を優先させることで誰かを泣かせたり、自分の健康が害されるのなら問題だが、そうでないのなら、モーレツ野郎でなければ良い仕事などできない」
「なるほど」
「やるべき仕事まで手が回っていないのに、時間が来たからサッサと帰って行くような奴はチームに入れるべきじゃない。お前みたいに自己都合をあとまわしにできる奴を採れ」
「それが一番大事なことですか?」
「そうだ、良い奴とチームを作ることが一番大事なトップの仕事だ」

早いものであれから30年経ちましたが、今でもその場面をありありと思い出せます。
僕(牛嶋)が幸運だったことはニュージャージーでの最初の求人広告でエレン(当時30歳)が応募してくれたことでした。
私以上に仕事へのコミットメントが強い女性で、約束したことは必ず実行するという常識が私たちのチームに出来ていきました。その後に応募してくれた日本人の片山君(当時33歳)も、数学者タイプですがいつもプロフェッショナルな仕事をしてくれました。初期の数人がしっかりしていたおかげで、私は日常の営業や管理の仕事から解放され、新しいマーケティング戦略を考えることや提携先の開拓、金融機関との関係強化など、経営者としての仕事に専念できました。彼らと出逢っていなければ、私は今でも個人ブローカーのような仕事をやっていた可能性があります。

なるほど、ともて身につまされるお話です、と私(武沢)。

・・・いい写真というものは、写したのではなくて、写ったのである。
計算を踏みはずした時にだけ、そういういい写真が出来る。ぼくはそれを、鬼が手伝った写真と言っている。
・・・

写真家の土門拳(1909年10月25日 – 1990年9月15日)氏のことばである。
鬼だって手伝いたくなるような仕事をする、ということが何よりも経営者には必要だ。

「経営はリクルーティングに尽きる」というのは叔父の受け売りなんです。もうこの世にはいませんが」と悲しそうな笑みをみせた牛嶋社長。「でも。いまでは100%僕の信念なんですよ」と結んでくれた。

きっと牛嶋社長にも鬼が手伝ったのだろう。