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Y氏の二次感情

Rewrite:2014年3月27日(木)

「あれ、こんなに遠かったっけ?」
そう思いつつも、一生懸命に運転しているので私は黙っていた。どうやらタクシーが道を間違えているようだ。10分で着くはずのホテルなのに 15分たってもまだ着かない。私の横にいた Y 氏は私以上にそわそわし、腕時計ばかり見ている。ついに我慢できなくなったのか、身を乗りだしてこう言った。
「君、2時の会議に間に合うのか。あと 10分しかないぞ」

そのときの運転士の態度と言葉が良くなかった。時計を見ようともせず、正面を見たまま「間に合うのか?と私に聞かれましても道路事情ばっかりはなんとも……」と苦笑している。
Y 氏は瞬間湯わかし器のようにカッとなり、「キミ、待ちたまえ。なんだその態度は。キミが道を間違えたおかげで遅れてるんだろう。まず詫びたらどうだ!」
今にも殴りかからんばかりの剣幕だ。

結局、会議にはぎりぎりで間に合ったわけだが、私は Y 氏の怒りっぷりのことが印象に残った。ふだんは温厚な紳士なのだが、どうして急に人が変わったように怒りだしたのだろう。会議のあとでそのことを Y 氏に聞いた。すると彼は頭をかきながらこんなことを言った。

「武沢さんの前でお見苦しいところをお見せして申し訳ありません。昔からそうなんですが、無責任な仕事をする人間を許せない性分でして、見境なく怒ってしまいます。妻と夫婦旅行に出かけても、たいてい一回や二回は旅先で大声を出すので、最近は妻も付いてきてくれなくなりました」

そこで私はこんな助言をおくった。

「怒る」という行為はあなたの「性質」ではなくて「習慣」である。「怒る」のは二次感情とも言われていて、一次感情を表現する手段としてあなたがそれを意識的に選んでいるにすぎない。一次感情とは、寒い、熱い、うれしい、悲しい、安心、不安、心配、損したくない、バカにされたくない、など、無意識に浮かび上がる素朴な気持ちのこと。

二次感情とはそれを他人に表現する手段として、怒る、笑う、泣く、感謝する、感激する、楽しむ、期待する、などのこと。感情をおさえて、グッと我慢するというのも大人の態度だろう。

タクシーでの Y 氏は「会議に間に合うのか」という不安があった。また、運転士に無責任な態度をとられたことへの悲しみと失望も加わった。さらには時間とお金を奪われたという被害者意識も根底にある。そうした一次感情を発散する手段として「怒る」を選んだ。本人は瞬間湯わかし器が自分の性分だと思っているが、実は他の手段も選べるんだということをご存知ないだけなのである。

一次感情がストレートに表れるのも人としての魅力だが、感情をコントロールする術をマスターするのも大人の魅力だと思うがいかがだろう。