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続・清税孤貧(せいぜい こひん)

昨日のつづき。

仕事がうまくいかず困りはてた若者が成功者 A さんを訪ねた。
食事をご馳走になりながらたくさんの教えを受けた若者だが、調子に乗って、厚かましいお願いをした。
すると、「君は『無門関』の清税孤貧(せいぜい こひん)に出てくる若者にそっくりだなあ」と A さんが言う。

今から千年前の中国・宋の時代に書かれた禅の公案集『無門関』
そのなかの「清税孤貧」(せいぜい こひん)のエピソードが若者にそっくりだというのだが、そんなものを読んでいるヒマはないと開きなおった若者。それよりもどなたかお客を紹介してほしいと言いだした。

「どうやら君は少々飲みすぎたようだね」
A さんは 笑いながら若者を直視した。「いよいよもって君が清税に思えてきた。無門関を読むつもりがないようなので、ここでその話を聞かせてあげよう」

ギムレットをふたり分オーダーし、A さんは「清税孤貧」(せいぜいこひん)の話を始めた。

千年以上も前の中国での話。ある有名な和尚のもとを若い修行僧が訪ねた。彼の名は清税(せいぜい)といった。「こんな山深いところまでよくお越しになった」と和尚は泉州百家の名酒を三杯もふるまい、最高のもてなしをした。
酔いも回ったのだろうか、僧が問うた。「和尚、わたしはまったくの貧乏人でございます。何とか和尚様のお恵みを頂けないものでしょうか」
直接、金品をねだった修行僧。よほど困っているとみえる。

和尚は「清税さん」と言った。「はい」と修行僧。
こんなにおいしい酒を三杯も飲んでおいて何も飲んでおらんとはよく言えたものだよ」

無門関の作者は言う。
「和尚ほどの人物なら、最初から清税の中身を見抜く眼がある。それにしても清税は、その酒をどこへ飲み込んだのか言ってもらいたいものだ」

きょとんとする若者。「僕の解釈はこうだ」と A さんが自分の理解を語った。

酒を三杯も飲んでおいて、と指摘した和尚は実は酒のことを言っているのではない。修行僧に今日授けた智慧のことを言っているのだよ。
その智慧を忘れてしまって「金を貸せ」「物を呉れ」というのは、まるで酒飲みが一滴も飲んでいないと言い張るようなものさ、ということじゃないかな。

「・・・・・」
若者は下を向いて黙っていた。なにか考えているようである。

「君の考えを聞いてもいいかな」と A さん。若者は屹然と顔をあげた。
「私が清税だというのですか」
「断定はしないが、君をみていてこの公案を思いだしてしまったのさ。気を悪くしたのなら謝るよ」

若者は立ちあがった。憤慨しているようでもある。
「先に帰るのかい?まだギムレットがくるよ」
「いえ、もう結構です。今日は貴重な時間をありがとうございました」
「多少なりともお役に立てたかな」
「・・・、よく分かりませんでした。結局は明日からなにも変わらないわけですし」
「そうかい」
「では、失礼します」

若者は立ち去った。 A さんはテーブルに残されたふたり分の伝票を見ながら、無門の最後の一節をそらんじた。

「うたって言う。笵丹みたいに貧乏で、項羽のように気概あり、暮らしも立たぬと言いながら、金持ち仲間に入りたがる」