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清税孤貧(せいぜい こひん)

ある若者起業家がいた。5年前、22歳のとき会社を起ちあげたのだが、仕事がうまくいかず生活が安定しない。会社も自宅もしばらく家賃が滞納していた。

近所で成功している A さんの周囲にはすごい経営者がたくさん集まっている。面識はないが、僕も A さんの仲間に入れてもらうことができれば、仕事はうまくいくはずだ。若者はそう思った。

「ご近所のよしみで是非」とメールすると意外に簡単に会ってくれた。翌週の夜、A さん行きつけの天ぷら屋で落ちあうことになった。

カウンターに腰かけながら揚げたての天ぷらを美味そうにほおばる Aさん。若者は A さんを質問攻めし、たくさんの貴重な話を聞いた。
もちろん天ぷらも極上の日本酒もしこたまいただいた。考えてみれば、こうした豪勢な夕食は5年前に彼女にプロポーズするために出かけたフレンチレストラン以来かもしれない。そのときはあっさり断られたが
・・・。

二次会に行こうとホテルの Bar に誘われた若者。少しクセがあるがドミニカ産の葉巻もおいしかった。若者はいつしか A さんに友だち扱いされているように思った。調子に乗った若者は口が軽くなった。そして自分がいかにお金に困っているかを例にあげながら話し始めた
A さんの表情はくもった。
「そういった話をここでされても困るな。今日はあなたに時間と飲食をご提供して励ましてあげるところまでが僕の役目だが、それ以上のことを期待されてもねぇ・・・」
「あ、いえ。誤解なさらないでください。決してお金を貸してくださいとかそんな話ではなく、え、その、僕がどれぐらい情けないかというか、ま、笑い話のようなつもりでして」
「笑い話だとしたらセンスがよろしくないね」

帰り支度を始める A さんに向かって若者は言った。

「ブログで拝見した A さんの定例勉強会に僕が参加してもよろしいですか?」
「構わないよ。君も経営者だから参加資格がある。メールで申込みをしておいてほしい」
「わかりました。ついては、お願いがあるのですが・・・」
「どんなこと?」
「勉強会の講師として私にもプレゼンさせていただけませんか。15分、いや、5分だけでも構いません」
「う~ん、君のことはまだ僕が理解しているとはいえないので」
「それがダメでしたら私を”仲のよい友人”というかたちで皆さまの前でご紹介願えないですか」

あらためて若者の方を向き、 A さんはこう言った。
「君には禅書の『無門関』を読んでもらいたいな。たくさんの禅問答がおさめられた本だが、その十に清税孤貧(せいぜい こひん)という話がある。いまのあなたは清税そのものに思える。まずは読んで、それからにしてくれないかな」

しかし、意外なことに若者はこう言った。
「その本はきっと読めば価値あるものだということは分かります。ただ、禅問答している余裕はありません。即効性のある具体策が必要です。今月受注できる有力な見込客がたくさん必要なのです。それができないときには、オフィスも自宅も出ていかねばなりません。それは私にとって自死に値するぐらい決定的なことです。それでも A さんという方は私にチャンスを下さらないのですね」

<明日につづく>