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続・事業再生士という存在

昨日のつづき。

自らを「タワーリングインフェルノ型再生士」と名乗る喜望大地の洲山会長。そもそも事業再生士とはどんな仕事をされるのか伺ってみた。

―この仕事は、本来、倒産しなくても良いような会社を救うための専門家です。私は、認定事業再生士(CTP)の資格を取り、法律を遵守しつつ、困っておられる社長をお助けするのが責務です。

―この仕事をやろうと思われた経緯はなんですか?
―もともとは、徳島でギフトショップを経営していました。私が3代目でして、私の代になってからチェーン展開に力を入れましてね、継いだときは年商1億だったのですが、あっと言う間に50億円まで増やしました。若くて自信のかたまりだった私は、ベンチャーキャピタルの出資を仰ぎ、株式上場に向けて視界良好でしたね。その当時は、”天に選ばれし者” の如き錯覚したワンマン社長でしたね。(笑)

―天に選ばれし者、ですか
―お金を借りられるだけ借りて攻めまくろうとしたのですが、スピード違反の拡大策が失敗して業績に急ブレーキがかかり、一気に資金難に陥りました

―「まさか!」という坂が本当にあったわけですね?
―その通りです。「社長、10日後の月末に1億円足りません!」と部下に言われ、財務諸表をみたら負債残高が30億円になっていました。
そのあとから連日「内容証明郵便」や「特別送達」が届くようになりました。その封書を私のところに持ってくるのは社員だったり自宅の場合は子供だったりするのです。身内にも同業他社にも信用不安が広がっていき、夜も眠れず食事もノドを通らなくなりました。

―普通のメンタルではやっていけませんね?
―電車の「ゴー」という音が聞こえると吸いこまれそうになります。
太い枝をみればロープをかけて、ぶら下がりたくなります。そうすれば楽になるだろうなあって。それほどまでに追いこまれるものです。

―そこから再起されたのですね
―はい、事業再生できたのです。倒産・破産という最悪の事態を切りぬけ、ギフトショップは今も営業しています。私は経営権を手放しましたが、会社と雇用と家族を守れたわけですから本望です。そのとき、もし事業再生という道がなかったら私は助かっていませんでした。

―事業再生できるための最大のポイントは何だと思われますか?
―(キッパリと)トップの覚悟です。これさえあれば、何がなくても何とかなります。死ぬ気があるくらいなら、死んだつもりで何でもやると決めることです。家族と会社を守るためには個人的なミエやプライドはかなぐり捨てて、なりふり構わず再生に立ち向かうのです。そのとき、横に再生の専門家がいたらきっと百人力でしょうね。

―「再生」とは具体的にどんなことをされるのですか?
―具体例をあげるとするならば、弊社がマンガ冊子にした「木村社長物語」が最適でしょうね。年商3.2億円で借入金が6億円という会社でした。文化教室事業と家具の販売を手がけておられたのですが、いずれも業績不振で赤字体質でした。そんなとき、義理の父である先代社長が病で倒れ、木村社長はいよいよ追いこまれてしまったのです。

―追いこまれたとは?
―銀行が新規の融資を断ってきたのです。要するに金融機関から見放されたわけですね。困った木村社長は地元の弁護士事務所に相談に行ったのですが、地元では名の通った会社ですから匿名で相談しようとされたのですね。匿名の相手には相談に乗ることはできないと断られてしまったそうです。そこで当社に連絡を下さったわけです。

―赤字会社で年商の2倍の借金。常識的にみたら完全に「アウト」ですね
ーそうですね、常識ではそうです。それが見事に再生できたわけです。

ーどんな手を打たれたのですか?

<明日につづく>