「生はキリンとアサヒがございますが。」
「僕はキリン。」「私はアサヒ。」
このように、多くの居酒屋で複数のビールが飲めるようになって久しい。はるか以前、ビールは「キリンラガー」と決まっていた。1888年に発売されて以来、国民的ビールと愛され、私が社会人になりたての昭和50年代前半には、とうとうそのシェアは63.8%にまで達した。この当時を思い出して、酒問屋や酒販店の経営者は今でも言う。「とにかくキリンさんの営業マンと仲良くすることが大切な経営課題だった。彼らの機嫌を損ねると、ドル箱のビール(=キリン)が入荷しないんだからお店はお手上げだもの。キリンの営業マンをこちらが接待することも珍しくなかったよ。」と言われるほどキリン王国は旭日昇天のごとく、であったという。
一方でアサヒは、シェアがふた桁を割り込み、ついには9.6%にまで落ち込んだ。業務用販売のビールが数%あったから、個人が積極的にアサヒを選択しているのは、ほとんどないに等しい状況だった。おまけに後発のサントリーにまでシェアを抜かれかねない危機的状況に追いやられた。この頃の朝日ビールを指して、「夕日ビール」と陰口をたたく人も少なからずいた。もちろん当時のアサヒ経営陣にも、そうした陰口が届いていたに違いないが、彼らはなすすべがなかった。
だが、・・・。成熟製品としては珍しいほどの大逆転ゲームがそこから始まる。
アサヒビールの逆転ドラマについては、書店に沢山の類書が出ているのでそちらにゆだねる。ここでは、新製品を開発するにあたり、アサヒがとったふたつのユニークな視点を取り上げてみよう。
それは、
1.10年後に喜ばれるビールの味を研究したこと
2.味と鮮度の関係を数値で調べあげ、工場在庫20日間を5日間に短縮したこと
である。
今はボロクソに負けている相手「キリン」に対して、10年後に勝つにはどうしたら良いか?もしあなたがアサヒビールの再建を任された新社長か、製品開発部長であれば、何を考え、何を実行するだろうか? 20秒だけ考えてみて欲しい。
アサヒでは、小学生の味覚を調査した。彼・彼女たち小学生こそが10年後にビールを選ぶ若者になるのだ。調査にあたっては、給食の味の傾向を調べ、該当調査し、おいしい味のキーワード探しも行った。その結果、成功しているキリンが「苦み」で押してきているのに対し、次世代の味の傾向は、薄目でありながら「キレ」と「コク」だ、ということがわかる。
「いけるぞ!」・・・。10年後は、今と味の好みが違う。キリンはそれに気づいていないに違いない。開発の方向性は決まった。
・・・軽めで「キレ」と「コク」だ。
膨大で地道な作業が続く。世界中のホップを集め、新製品にふさわしいものを選びだす。味に「キレ」と「コク」を出すためには、どうすべきか・・、アルコール度はどうすべきか・・、すべてに答えをみつけてゆく。
また、
「プハァー、旨い。このビール最高っ!」と思うときと、「おや、今日はビールがまずいなぁ。調子悪いのかなあ。」と思うときがある。もちろん飲んだ本人のコンディションや天候・気温によるところは大きいが、実は、鮮度が味の分かれ目になっている場合もある。
ビールの工場在庫日数が1日縮まると、20日以内に消費される量が15%増加するというデータがあるそうだ。「アサヒスーパードライ」には、業界初の試みとして“鮮度”をアピールしたビール商品という顔もあるのだ。同社では、かつてビールの社内(工場内)在庫が約20日分あったものを、今ではわずか5日以内に短縮した。同社はこれを「フレッシュマネジメント(FM)活動」と名づけ、力を注いでいる。
「ビールの味が落ちる要素は酸化である」と同社は判断。製造工程で酸素に触れないような工夫をしつつ、瓶や缶に詰める際にも酸素を除去するようにしている。だが、それでも酸素を完全に取り除くことはできない。したがって、鮮度が決め手になる。
また、酸素のほかにも、瓶ビールを直射日光にさらせば10分程度で味が劣化するし、振動にも弱い、極めてデリケートな商品である。このため、こうした劣化の影響を最小限にし、最終消費者のもとに製造直後のおいしい状態に近いものを届けることが大切となる。
ビール会社では、特殊な例を除いては直販していない。特約店などの問屋に出荷し、そこから全国の小売店舗や飲食店に配送される、という形態が中心だ。こうした流通経路全体での鮮度維持は、メーカー単独でやるより難易度が高い。だが、あえて鮮度を“売り”にしようとしたアサヒにとっては、そこを避けて通らなかったのである。
業界トップシェアの「巨人・ガリバー」に対しては、今すぐ勝とうとしてはならない。10年後に勝つための準備を今から始めれば良い。そういう「戦略」もあるということを理解しておこう。あなたの会社でこの戦略は使えるだろうか。