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本命馬の罠

チェーンストア経営理論に、「スペシャリスト」という単語がある。何らかの数値責任を請け負い、その達成に応じて報酬を受け取る専門家のことだ。スペシャリストの基本形は、マネジャー・スペシャリストとタレント・スペシャリストの二種類だ。

マネジャー・スペシャリストとは、部下を使って目標を達成する人をいい、タレント・スペシャリストとは、自ら動いて目標達成する人をいう。

企業のなかには、ごくまれに“マネジャー”と“タレント”双方の適性や創造性をもつ逸材がいる。先週後半、そうした逸材のA君と話していて気づいたことがある。それは、自分の適性や創造性に「いつ気づくか」という問題だ。
生鮮食品スーパーに勤務するA君の場合は、社長のおかげで自分の適性に気づいたという。

いきさつを尋ねるとこういうことだ。

A君は売上ナンバーワンの店舗を任される腕利き店長だった。会社全体の営業数字を彼が引っぱっているほどのエースである。ところが数年前のある日、経営計画発表会の席上で、「人事教育部門チーフ職」に異動命令が発っせられた。

最初はひどく失望した。「なんでオレが人事なんだ?」「営業はオレ抜きでも大丈夫だというのか?」「これは左遷か?」と思い落胆したというのだ。

ところが社長の真意はまったく別のものだとわかった。人材育成こそが、わが社の未来戦略を可能にする唯一無二のものであり、マクドナルドにハンバーガー大学があるように、わが社も3年以内に「食品大学」を創設したいという野望のもとで今回の異動を決めたと知る。

「僕は血が逆流する思いで未知の仕事に挑戦しようと思いました。」
とA君は語る。以来、A君は人事の本や雑誌、それにセミナーなどの学習を猛スピードでこなしていった。慣れ親しんだマネジャーではなく、タレントとしての毎日が始まったのだが、彼は社長の期待に満額回答した。

食品大学は順調にスタートし、新しい能力主義賃金制度や、教育体系も確立した。社内報メルマガもスタートし、社内の風通しもよくした。もともと人望もリーダーシップも抜群のA君だ。彼が店舗を回って新しい人事制度の主旨説明を辻説法してまわれば、ほとんどが現場に受け入れられる。

A君に今の目標を聞いた。

「先月武沢さんにすすめられた『コーポレート・クリエイティビティ』
(一世出版)という本のインパクトがデカイです。あの本から気づいたことはノート一冊が埋まるほどですが、とくに今熱中しているのは
「本命馬の罠」という問題です。」

「本命馬の罠? それって何?」

「いやだなぁ、武沢さん。読む前に紹介してくれたのですか?」

「本命馬の罠」とは、同著のなかで次のように紹介されている。以下、引用。

・・・
クリエイティブな人物すなわち“孤高の英雄的発明家”という固定観念は、現在も根強い。この固定観念ゆえ、企業はいわゆる“本命馬の罠”に陥る。高いクリエイティビティを持つとされるほんの一握りの社員だけに大いなる自由を与え、潤沢な資金を投資するのだ。こういった“本命馬”が持つクリエイティビティも、それが本当に発揮されるなら、もちろん貴重な財産と言えよう。しかしそれは、企業が秘めるクリエイティビティのほんの一部にすぎない。
・・・

たまたまA君は、社長に適性を見抜かれるかたちでマネジャー職もタレント職も経験し、才能を発揮した。社長の眼力のおかげと言ってよい。反面、これからは人を見抜く眼力だけに依存した人事制度ではいけない。正社員はもちろんのこと、パート社員さんも含めて創造性を発揮できるような場やシステムをつくり、それを活かしての経営判断をしなければならない。また、経理社員が商品開発プロジェクトのメンバーになったり、仕入担当者がIT推進プロジェクトのリーダーになることだってある。企業内で働くすべての人が「本命馬」なのだ、という意識をもっているかどうかがポイントだろう。

『コーポレート・クリエイティビティ』(一世出版)

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