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続・いつものBARで

●昨日のつづき。

軽く一杯やって帰ろうと、なかまを誘ってBARへ行った。
今日の相手は、マザーテレサ、一休禅師、吉田松陰、織田信長、リンカーン、孔子の六人。孔子だけはすこし遅れてくるらしい。

●人間いかに生きるべきか。

少しビールの酔いが回って皆、饒舌になりはじめた。まず「仁」を説いたのはマザーテレサだった。「仁」の気持ち、人を慈しむ愛の心がすべての基本だという。

●一方、「智」を説いたのは一休である。
自分の「知恵」も大切だが、仏様から得られる「智慧」があれば人生に迷わないという。

●その議論に割って入ったのが吉田松陰だった。

「信なくんば立たず」。一番大切なのは信義を重んじ、うそ偽りの心や私心をなくすことであると主張した。

いずれも力説であり、もっともな考えだと思われる。そもそもこの議論に「正解」といえるものなどあるのだろうか?

●そんなやりとりを黙ってきいていた信長は、「君たちはサラリーマンか!」と大声をあげ、その場に立ち上がった。

私は他のお客に申し訳なくおもい、声をしずめるように信長にサインを送ったが気づいていないようだ。あきらめて私はトイレに立った。

●信長の声はトイレにまで響いてきた。さすが合戦で鍛えた喉だ。

「仁だ、智だ、信だ、などとサラリーマンのようなことばかり言うでない。事を起こそうという士(もののふ)は、器用な人生を送るための処世術などに興味がないわ。
なによりもまず、果断の人でなければ天下布武などおこがましい。士に必要なのは事を起こす勇気と決断力しかない。ワシも桶狭間で義元を討つまでは、今ほどの勇気が備わっていなかった。だから熱田神宮に詣ってまで神の加護を必要としたのじゃ。だが、今はそんなのは必要ない。我こそが神であり、仏なのじゃ。その方ども分かったか!!ハッハッハハ」

腰に手をあて、うまそうにビールを一気飲みした。

●その姿に男ながらほれぼれする。

すると、今までずっと黙っていたリンカーンが口ひげをビールの泡で白くさせながら「発言を求めます」と小さく手をあげた。

トイレから戻ってきた私はハンカチで手をふきつつ、「どうぞ」と促した。
決して大きな声ではないがよく通る声だ。リンカーンはまるで何かをカミングアウトするかのように話し始めた。

●「私の人生を思い返してみるに、大半が失敗の連続でした。もともと私生児の孫で、幼いころに母をなくし、小学校は中退。文字も読めなかった私が、荷物運びの仕事をしなが文字を覚え、ようやく22歳で独立しました。それは雑貨店の経営でした。しかし、店長は営業時間中にもかかわらず酒に入り浸り、私は奥で読書ばかりしていたおかげであえなく倒産。その後、23歳でホイッグ党から州議員に立候補しましたが落選。25歳のときには、ホイッグ・民主党の連立候補としてイ
リノイ州下院議員に初当選することができました。しかし、その翌年、貧しい暮らしの中で最愛の人アン・ラトレッジと出会いましたが、死別しました。ひどい鬱になりました。その後、イリノイ州で弁護士になり、そこそこ弁舌上手と言われるようになって、ある程度の成功をおさめました。イリノイの「正直者エイブ」といえば私のことでした。しかし、その直後です。ひどい悪妻として有名になるメアリーと不運にも出会ってしまったのです」

●「君の話はいつも長い。結論を言え!」と信長。

「ではあと1分だけ。うかつにもメアリーと結婚の約束をしてしまったのですが、実はあまりにメアリーが嫌で、また鬱になり、結婚式当日は失踪してしまいました」

●「ほぉ、婚約者のもとから失踪とな?その方もなかなかやりおる。わしも美濃のまむし(斎藤道三)の娘をもらったときには、逃げたい気分じゃった。それで?」

「2年ほど逃げました。その間、手紙で別れを告げようとしましたが、友人に説得され、手紙ではなく、直接断りに行くことにしました。しかしメアリーにまんまと丸め込まれ、その日のうちに結婚式を挙げてしまいました。うかつでした。成功していた弁護士の私が丸め込まれるのですから、メアリーのすごさをご想像いただけると思います。そして、この結婚が私の人生の最大のミスジャッジだったのです」

「オー、マイガ」とテレサ。
「だから私は独身を貫いたのです」と松陰。一休もうなずいている。

●リンカーンの深い悲しみと憂鬱の表情は彼の人生体験が背景にあるようだ。ふだんは無口なリンカーンがこの日はお酒の力か、よく話す。

「ところでリンカーン、その話ってもちろん本当だよね」と私は念をおしてみた。

「私はいつわりの話を好みません。真偽を確かめたかったら『知られざるリンカーン』をお読みになるといいでしょう。『人を動かす』で大成功したデール・カーネギー君が書いてくれた本です。すでに絶版で入手困難ですが、大きな図書館にはきっとあるでしょう」

「わかりました。一度読んでみます」と私。信長も興味を持ったようで、「それがしも愛知県図書館で借りることにしよう。蘭丸に手配させねば」とつぶやいていた。

●リンカーンの話は続く。

「結婚したあと、極力メアリーのいる家に帰りたくないため事務所で寝たり、友人宅に泊めてもらったりしました。
その後、34歳から3度にわたり、下院議員選挙に落選し、弁護士事務所の仕事をつづけました。46歳で上院議員に立候補してまた落選。47歳で副大統領に立候補し落選しました。49歳で上院議員に立候補し落選。
その後の話はカットしますが、こんな惨めな私でもどうにか大統領になれて、それなりの仕事ができたのは、失敗の惨めさを知り尽くしていたからだと思うのです。失敗したままでいるのがイヤで、そこから脱出したくてもがきました。お金がなくても、気の毒がられても、バカにされても、私は人の目を気にせずに挑戦を続けました。そんな人生から言えることは、決してあきらめない気持ちを持ちつづけることが一番大切だということです。ありがとう、以上で発言を終えます!」

●さすが弁舌家。彼が話し終えると店内から自然に拍手がわきおこった。

「どうやら今日はリンカーン君の日だね」と松陰が笑う。

そこへ遅れていた孔子がやってきた。
「やあ、みんな。すまんすまん。弟子が返してくれなくて一時間も会が延びた」

●孔子が好む紹興酒がないようなので、ジントニックを頼んでいた。

私は議論の経緯を孔子につたえた。ふむふむと聞いていたが、その後、これまでの議論を一気にくつがえす一言を発することになる。