●「30分でもいいから時間をくれ」と同級生のQ君が訪ねてきた。
彼とは中学校で同じクラスで仲良しだった。お互いに別の高校に進学したため、その後40年間まったく音信がとだえていた。
昨年暮れ、共通の友人が私に電話をくれた。Q君が会いたがっているという。
●翌週、名古屋駅の新幹線ガード下の居酒屋でQ君と酒を酌み交わした。久しぶりに会ったQ君は、ずいぶん小さくなったようにみえた。
大学を卒業してからずっと公務員として役所で働いてきたらしい。定年を3年後に控え、その後の人生をどうするか真剣に考えているという。
家庭にもなにか問題をかかえているようで「頭痛のタネが尽きない」とグチをこぼしていた。
昔のQ君の聡明そうな表情と目の輝きは消えうせ、伏し目がちで分別くさい表情が目についた。心なしか背中も丸い。
●「武沢君は元気そうだが、あれから何をやってきたんだ?」
「あれからって、どこから」と言いつつも、かいつまんで私の半生を話した。
「ところでコンサルタントの仕事ってどうなの?」
「どうなのって、質問が大ざっぱだね」と返答にこまったが自分のことを話した。
●彼はある国家資格をとるため、現在専門学校に通っているという。
定年後にはコンサルタントになるというのも選択肢のひとつなのだそうだ。
いろんな話をしたが、二時間ほど酒の勢いもあって大いに気炎を吐いて別れた。
●先週、そんなQ君から二ヶ月ぶりに電話がかかってきた。
「武沢、また一杯やろう」という。
前回は久しぶりの再会だったので、仕事を早く切り上げて時間をつくったが、今回はそうする理由がみあたらない。
私はあえて「ん、なんでしたっけ?」と冷たく尋ねた。「前回の続きをやりたい」と言われたが、結局、スターバックスで30分だけお茶を飲むことで勘弁してもらった。
●約束の時間に25分遅れてやってきた。
「遅れている」「道に迷っている」「東西南北を間違えていた」などと途中で連絡はくれていたが、そんなに名古屋に不案内ならその分早く出てこいと言いたかった。
あらわれたQ君は菓子折を手にしていた。同級生にそんなよそよそしいことをされるとは意外だったが、そこに今の彼の懸命さを感じとった。だから遅れてきたことは不問にした。
●「今日は本当に申し訳ないね、忙しそうなのに」
「いいよ、いいよ。それより平日の昼間に何の用?今日は県庁は休みなの?」
「うん、休暇をとってきた」
「へぇ、どこか行くの?」
「武沢君に会うためだよ」
「え、僕に会うために休みを取ったの?しかも、お菓子まで買って?」
「そうなんやわ。この菓子、なつかしいでしょ」
●お菓子のせいではないが、”彼に冷たくしてはならない”と決めた。
だが、その決意も一瞬で消えた。
彼のその後の発言が不甲斐なかったからだ。相談内容はこんなものだった。
「この年になると定年後のことを考えない日はない。こんな年令からでも自分を雇ってくれる会社って世間にあるのだろうか?」
それを私に聞きたいというのだ。
●”おいおい、今まで役所にいてどんな勉強をしてきたんだ”と思った。
そんな世間知らずの高校生みたいな質問を同級生にされるとは・・・。
ついムカッとして言い放つようにこう言った。
「Q君、雇ってくれる会社が世間にあるかどうか僕はしらないし興味もない」
「だよね~」眉間にしわを寄せるQ君。
「年令だけで採用を決めている会社なんか世間に一社もないでしょ。57歳だろうが67歳だろうがやる気があって会社に貢献してくれる人なら社長は欲しがる。その反対に37歳だろうが27歳だろうが貢献してくれそうもなければ社長は要らない、それだけだよ」
「そこのところが私には分からないんだ。この年になるまでずっと役人できたから私が企業から欲しがられる人間なのか、そうでない人間なのかが分からない」
「大事なのはそこだよ。まず自己評価だよ。再就職した会社にQ君がどんな貢献ができると思っているのか、そこを聞きたいね」
「長年公務員一本でやってきたので、民間企業のことがよく分からないというのが実情なんだ」
「だったら民間企業について本で読むなり、セミナーを聞くなり、社長に会いに行くなりして勉強すればよい。相手をよく知ることで自分の立ち位置が見えてくることもあるから」
「自分でやれることはやっているつもりなんだが、いかんせん、この年になると若い人についていけないこともたくさんあって、フー」
「ため息つくのはやめようよ。それよりQ、”この年” “この年”って連発してるけど、あなたいくつになったの?」
「武沢君と同じ今年57だよ」
「だよなぁ。だったら”この年””この年”というような年令じゃないぞ。”この年”と自嘲気味に使うのが許されるのは120歳ぐらいからじゃないか。俺たちはまだその半分も行ってないぜ」
苦笑するQ君に対し、ニコリともしない私。
●腕時計をさかんに確認するQ君。
「べつの約束があるの?」ときいたら、「武沢君の時間を奪いすぎてて申し訳ない」という。そういう気づかいができる心の優しさがQ君の魅力だった。
だが、その魅力がいまでは氏の弱さにつながってはいまいか。
●最後に私はこう言った。
「再就職だけが選択肢じゃないぞ。自分でひと旗あげるというのも立派な選択肢だからな」
「やれるだろうか?」
「やりたいの?」
「よく分からない」
●胸ポケットにしのばせておいた【マンダラWish List】をプレゼントした。使い方を説明しおえたところで最後のページにある私の名前をみてQ君はビックリした。
「これって、武沢君がつくったの?」
「そうだよ」
「そういうことが僕にはできないよ」
「やりたいと思えば一週間でやれるよ」
「・・・。そうか。わかったよ、とにかくありがとう、武沢君。もう時間がとっくに過ぎちゃってるね。今日はいろいろためになった。本当にありがとう」
●すれ違いの時間だったような気もする。冷たくし過ぎたような気もする。しかし縁あって仲良しだったQ君にはこれからうまくいってほしいと思っている。だから、次回の再会があるのなら、もっと言葉づかいを強く明るくしてほしい。