まず簡単に過去2号のあらすじを確認しておこう。
あらすじ はじまり
兄の岡本三郎社長からの特命を受け、紹介客を増やすプロジェクトを結成した弟の五郎専務。兄弟が力を合わせて今の会社「岡三住宅産業」を創業したころは、ほとんどが紹介による受注だった。
三郎社長が参加した住宅メーカー経営者の懇談会で、席上、大手プレハブメーカーの紹介比率が2~3割だという話を聞いた。それが今回の事の発端だ。三大都市に拠点があるとはいえ、地方工務店としての人間味と小回りを武器に戦おうとしている岡三住宅だ。全国規模のプレハブメーカーよりも大幅に劣る5%という紹介比率は何かがおかしいと三郎は判断した。
おかしい原因を考える前に、まずは力ずくでも2~3割までの紹介比率まではもっていけると高を括ってもいた。そして事実、プロジェクトチームからは、即効性が期待できそうな次のような計画が提出された。
<数値目標>
1.2003年12月31日の時点で、紹介売上比率を25%にする。(現在5%)
2.2003年の一年間において獲得紹介数は300名とする。(前年30名)
<行動計画>
1.紹介キャンペーンの実施
2.紹介獲得マニュアルの作成
3.紹介謝礼制度の整備
4.紹介マイレージ制度の創設
そしてこれらの計画は速やかに実施され、そして失望に終わる現実が待っていた。一気に多数の紹介者を集めようと意気込んだ企画はいずれもが失敗に終わる。意気消沈しかけた紹介獲得プロジェクト。抜け道が見つからないまま迎えた忘年会。ことし最後の商談のために宴席に遅刻した佐野君が、血相を変えて駆けつけた。偶然の一発で満塁ホームランをかっ飛ばしたのだ。商談に成功して契約書にサインをもらっただけではなく、9人にものぼる友人を紹介してもらうことに成功したのだ。
あらすじ おわり
「佐野君、駆けつけ3杯は免除しよう。まず腹ごしらえしてからで良いが、お客さんとのやりとりを全部ここで再現してみてくれないか」
「はい。」
佐野の話を要約するとこうなる。
営業の佐野は、3ヶ月ほど前から面談を重ねてきた見込客の柴田様から昨夜電話を頂戴した。それは、「年内にあなたと契約してスッキリと新年を迎えたい。必要な書類手続きをするので、年内に来てほしい」という最高にうれしい内容だった。
そこで佐野は柴田様との契約に必要な必要書類一式をカバンにおさめた。さあ、明日は契約だ!
その瞬間、佐野はある本の一節を思い出した。
「お客さんは、購入の意思決定をしたその瞬間が、一番あなた自身とあなたの商品に惚れ込んでくれている瞬間でもある。紹介を得るならば購入時がベストである。」
アメリカ人著者のこのセールスの本を読んだとき佐野は、「そんなバカな。買ったばかりで、実際に商品を試してもいないお客から紹介を得ることなんて日本では不可能じゃないのだろうか。」
だが、佐野は自分自身の行動をふり返ってみた。お気に入りの製品や映画やレストランなどのうち、実際にクチコミとして友人に熱く語ったのはどの段階だったかを。
そういえば、出会ったその日とか、せいぜい一週間までの内は黙ってはおられないほど友人に話し、メールもした。だが、時間の経過とともにそうした感動はやがて薄れていき、自分から話題にすることはなくなる。それは製品が劣化したわけではなく、出会いの衝撃と感動が忘却曲線とともに薄らいでいったからだ。
そんなことを一人で考えながらとにもかくにも商談にのぞんだ佐野。
柴田様と話の細部の煮詰めを終え、いよいよ契約書を差し出す段階になったとき、佐野は差し出すファイルを間違えた。
契約書を差し出すべきところを、「お客様情報カード」と題した、知人や友人などを紹介するときに書いて頂く書類を差し出してしまったのだ。これは、紹介獲得プロジェクトで最近作ったツールの一つだ。
「へぇ、岡三さんは契約するまえに紹介するシステムなの?」
お客に質問されてようやく書類の間違いに気づいた佐野だが、とっさに返答した。
「ええ、そうなんです。是非ご協力をお願いします。ただし、正確にいえば、まだ柴田様は当社の住宅にお住みになっておられませんから純然たる紹介はできないはずです。」
「そうだよね、また図面も出来てないしね。」
「はい。柴田様もご承知のこととは思いますが、住宅はクレーム産業といわれる位にクレームが多い業種です。しかし、それは世間でいう不平不満という意味でのクレームとは違う性質のものなのです。住宅というものそのものが、もともと理想と現実とのギャップを埋めていく手作りの共同作業なのです。柴田様は、そのパートナーに私どもを選んでいただいたわけですので、その事実とその理由をお友達に教えて下されば、ありがたいのです。」
「なるほど。どうやってそれをお手伝いすればよいの?」
「はい、この『お客様情報カード』は12枚一式になっていますが、そのすべてとは言いません。何人でも結構ですが柴田様と同じように、真剣により良い住まい作りを考える熱意ある方のお名前が必要なのです。またそうした熱意ある業者を探しておられる方のお名前を教えていただきたいのです。まずまっさきにどなたのことを思い出されますか?」
すると、柴田様は無言で立ち上がり奥の机からノートパソコンを持ってきて佐野に見せた。
「これは、私が今住んでいるこの団地の仲間のメーリングリストです。21世帯33名のリストです。このうち少なくとも半数のメンバーは、明確に住宅購入の意思を持っています。ときどき茶話会形式で住まい作りの研究会のような場を設けているメンバーで、実は私が最年長というせいで世話人をやっている。佐野さんさえよければ、彼らにあなたのことを推薦しておくがどうだろう。」
といって紹介されたのがこの9人だという。
佐野の説明を聞きながら五郎専務は何が起きたのかようやく理解し始めていた。
佐野君は、社内標準の紹介獲得トークを使ったに過ぎない。後述するある一点を除いてはマニュアル通りだ。今回の成功要員の一つは、このトークを使うタイミングが、「契約時」である点だ。いままでは、顧客の定期巡回サービスなどアフターフォローの時に営業マンやサービスマンが紹介トークを使っていたのだ。ところが佐野君は、それを契約時にやった。しかも契約書を交わす前にやったところが革命的だ。
さらに佐野君は紹介獲得トークも一部アレンジして使っている。社内マニュアルではこうなっている。
「山田さん、ひとつお願いがあるのですが私ども製品情報やイベント情報などをご連絡できる方のアドレスをお教え願えないでしょうか。もしご協力下されば、今回こうした特典がついていまして・・・」
つまり乞い願っていた。それを佐野君は、質問形のトークに変えた。お願いすると誰もが気が引ける。相手も引いていく。ところが質問されると誰もが回答しようとしたくなる。そうした人間心理を理解したトークを佐野君は編み出したことになる。