未分類

経営計画をつくる前に…

●某日、某所。

60歳くらいになる社長が自らの経営体験を若手経営者にむけて語っていた。実績においても年齢においても周囲から一目置かれる存在らしい。
私も敬意をもって氏のお話しを聞いていたが、どうにもこうにも話しが重くて暗い。
途中から「この社長は何を言いたいのだろう。苦労話も結構だが、若い経営者のやる気を損ねてしまっていないだろうか。それに、この社長自身が自信をなくされているのではなかろうか」と心配した。

事実、聴講者は皆うつむいていた。

●氏の話はこんな内容だった。

・・・私も若い頃は毎年のように経営計画を作り、社員に夢や理想を語って、夜遅くまで社員と語り明かしたこともある。工場を四つまで増やして、ピークには株式公開も本気で検討した。だが、バブル崩壊後の景気減速で経営がおかしくなり、今ではそんな気力もなくなった。
むしろ、自分の実力だと思っていたものが業界の発展や日本の好景気によって支えられているものだと気づいた。いったん歯車が狂うと、どんどん自信めいたものが崩れていった。10年以上続けてきた経営計画も、最近ではやめてしまった。信念をもって経営にあたっていた私が、むしろ最近は若い社員に助けられるようになった。こんな年齢になってはじめて、社員さんのおかげで経営が保たれていることに気づかされるようになった。(ウルウルしている)

私は若い皆さんに申し上げたい。経営計画を勉強し、それを作ろうとするのも結構なことだが、まずその前に、私みたいにならないためにも、経営者としての生きる姿勢や経営観をしっかり確立することが先決だと思う。そうしたものが根底にないかぎり、その上に何をどれだけ積み上げたって砂上の楼閣になるのだから。・・・

●シーンとする場内。私は内心で「もうその辺で話しをやめてほしい」と思った。なぜなら、氏のメッセージは間違っているからだ。

氏が体験したことは事実であり、それは貴重で重い。
若手経営者としてそうした体験を聞いておくことには価値があると思う。だが、氏の結論が残念だ。

生きる姿勢と経営姿勢の確立ができてから経営計画を作りなさい、という順序づけが不要なのだ。

●正しく言えば、
「経営計画を作り、それを毎年発表するという行為そのものが生きる姿勢と経営姿勢の確立につながっていく」というのが私の考えである。
それができなかったということは、当時作っていた経営計画の内容が不適切だったと考えるべきだろう。

●聖人君子になってから経営をやろうとするのではなく、今すぐ経営をやってそのプロセスで社長も社員も成長していくものだと思う。そのために経営計画が存在するのだ。

●昨夜は岐阜県の大垣市に行ってきた。
岐阜県中小企業家同友会西濃支部、通称「せいゆう会」で経営指針講座を開催したいということでその講師を依頼された。

ふるさと大垣のためになることであれば、ということで今月から5回通いの講座で経営計画作りを行う。そのオリエンテーションゼミに30名ほどの経営者が集まってくれた。

●ふとみると、弟の同級生が二人いる。自動者整備会社の社長と歯科医院の院長だ。幼なじみではないか。
どういうつながりでこの場に来てくれたのか知らないが、38年ぶりに再開してもお互いの顔を名前を思い出せるのがすごい。

●多少知り合いすぎてやりにくくはあるが、そんなことはお構いなしに中小企業経営に経営計画がいる。理念(志、夢)をベース据えて、成長する経営者、成長する社員になるための経営計画書がいる。そのためにはこっちも進化していかないと。

●「成長してから作ろう」としていては、いつまでたっても着手できないのが経営計画というものだ。

やるのは今だ、来年ではない。