●ちょうど今から一年前の6月に山陰・島根県を旅した。個人タクシーをチャーターし、松江から宍道湖(しんじこ)の北側を抜けて出雲に入り、大社に詣った。
そのとき、宍道湖のすぐ近くを走っていた風情あるローカル電車のことを「ばたでん」と教えられた。
「一畑電車」(いちはたでんしゃ)のことで、地元の人たちは愛称で「ばたでん」と呼ぶ。山陰に残った最後のローカル電車なのである。
●その時、映画好きなタクシードライバーが私に奨めた映画が二本ある。
一つは出雲を舞台にした『砂の器』(加藤剛、緒形拳主演の方)。昔の山陰の雰囲気が色濃くでていて、大スターの触れられたくない過去と山陰の風景、言葉がマッチしてとても印象に残る作品だと奨められた。
私はその場でかみさんに電話してTUTAYAで借りておいてもらい、その日の夜自宅で観たが、本当にもの悲しい映画だった。
●もう一本の映画はまだ未公開でタイトルも分からなかった。噂では、この「ばたでん」の運転士が主人公で、まだ収録が終わったばかり。
有名な役者がたくさんロケに来ていたらしいとしか教えてくれなかった。しばらくしてその映画は中井貴一主演の『RAILWAYS』(49歳で電車の運転士になった男の物語)だということが分かった。
●土曜日に『告白』(原作:湊かなえ、主演:松たか子)、日曜日に『RAILWAYS』と立てつづけにみることになったが、案の定、場内の客層がまるで違う。
『告白』の方は7~8割が若い女性。イケメンの若い男優がたくさん出ているからだろうか。それにひきかえ『RAILWAYS』は圧倒的に中高年が多い。私もその一人だったが、お隣は私よりやや年上の女性が一人でご覧になっていた。
★『RAILWAYS』 http://www.railways-movie.jp/
※以下、若干のネタバレ含みます。若干です。
●「どっか~ん」、「な~んてね」のセリフが妙に効いている『告白』も話題作。だが『告白』は、原作に忠実であろうとしすぎたのか、描写的になりすぎて、原作がもつ底冷えのする怖さとは異なるグロさの方が目立ってしまった。良い作品なのに、少々脚本に不満が残る。
●一方の『RAILWAYS』は期待せずに観ただけに意外によかった。
中井貴一演じる上場企業のエリートサラリーマン(49歳)。工場のリストラを命じられ、同期の工場長にそれを通告する。私が好きな役者・遠藤憲一が演じる工場長は、最初はリストラに抵抗するが、やむなく中井を手助けする。「本社に戻ってこい」と中井は電話するが、遠藤は「本社でもの作りはやれない。これを機会に子供のころからやりたかったことをやる」と拒む。だがその遠藤が・・・。
●リストラを手土産に取締役のイスが近づく中井だが、実家の母が心臓発作で緊急入院した。出雲に帰り、看病しながらも仕事の携帯がなりやまない。
「こんな大事なときに」と本音が出る中井。「仕事ってそんなに大事なの」と一人娘に言われるが、中井は「あたり前だろう、仕事は大事に決まっているじゃないか」と一蹴する。
「おばあちゃんより大切な仕事って何なの?」と言われるが、無言のまま東京へ引き返す。
●そんな中井を追いかけるように電話が入る。母が入院している病院からだった。驚いてとんぼ返りで出雲入りした中井。やがて自分は、「ばたでん」の運転士になりたかったことを思い出す。
ある日、運転士不足に困っていた「ばたでん」が求人広告を出しているのを偶然見かけた中井は、誰もいない母の家でそのチラシを見つめ続ける。
遅れて家にやってきた娘にそのチラシを見せる中井。そんなところから物語は急展開していく。つまり中井のまったく新しい人生が始まってゆくのだ。
●母役に奈良岡朋子、妻役に高島礼子、娘役に本仮屋ユイカ、初映画出演の三浦貴大は元・甲子園投手だが訳あって「ばたでん」に入社する役。橋爪功、佐野史郎、宮崎美子などが脇を固める。
●まさかまさかの展開で後半は泣かされる。一気に場内のあちこちで白いハンカチが動く。それまで私語がうるさかった隣の隣のおじさん、もう少しで注意しようかと思っていたが、その場面以降ぱったりと押し黙った。
●大手旅行社主催の『RAILWAYS』訪問ツアーがあったり、『RAILWAYS』弁当がバカ売れしたり、ユーミン(松任谷由実)が主題歌を歌ったりと、ヒットする予感がヒシヒシ。
ここまで書けば中高年の男性向け映画のように思えるかもしれないが、自己実現のためにがんばる夫を応援しながら妻の高島礼子も別の場所で別の方法で自己実現を計りつつあった。
多くの大人に希望を与える作品になっていってほしい。