●長女(22)が結婚相手のTrevan(22)とその親友のTim(20)をともなってシアトルから一時帰国したのは3月25日の夜だった。
一昨年、現地で結婚した二人にとって、日本にいる両親へのあいさつと報告を兼ねた表敬旅行は待望の企画だったはず。
Trevanにとっても、シアトルにある勤務先のIT企業から有給休暇をとって、初の本格的な国外旅行となる。
カナダには何度か行ったことがあるらしいが、シアトルからみれば、カナダは近すぎて外国ではないらしい。
Timはシアトルの大学生。私の長女と同級生で、美術を専攻している。
彼の父は日本人で母は中国人。生まれはニューヨークで、子供のころにはフランスにも住んでいたという筋金入りの国際人。パスポートを見せてもらったが、外国のスタンプでかなり汚れていた。
●そんな若い三人が日本にやってくるのだから、さぞかし、いろいろとやりたいことや行きたい場所をリサーチして来たものと思っていたが、全然そうではなかった。
●到着の夜、彼らが持参したウィスキーで乾杯しながら日本での予定や希望を質問したところ、ほとんどノーアイデアで、希望も特にないという。
来日直前まで忙しかったらしく、下調べする時間がとれなかったのと、観光が主目的ではないという。それに加えて、若い彼らのこと、財布の中身もギリギリだということがわかった。
●それが判明した以上、”彼らの滞在をつまらないものに終わらせることはできない。できるだけのことをしてやろう”と片肌を脱ぐ決心をした。
それは、彼らをみた瞬間に「好青年だ」と思ったからでもある。
なにしろハートが良さそうなのだ。たとえば昨日、「今回の日本での食事のベスト3は?」と尋ねると、
1位:蓬莱軒のひつまぶし
2位:奥さまの手料理
3位:京都で食べた湯豆腐懐石
4位:大勝軒のつけ麺
と二人は答えた。二位に家内の手料理を入れるあたり、さすがの配慮である。
●私が手に荷物を持っているのを見ると必ず「持ちますよ」と言ってくれた彼ら。
最終日の昨日の夜、家内に「お世話になったお礼に」と、渋谷で買い求めた香水をプレゼントしてくれた。
私には「今度の誕生日にはこれで楽しんでほしい」と秋葉原で買ったと思われる任天堂wiiの『三国志11』をプレゼントしてくれた。
私の誕生日のことも誰かから聞いたようだし、私がこの手のゲームが好きであることも調べたようだ。
しかもこの二つのプレゼントだけで、彼らが持参したお金の何割かを割いたかと思うとかなり感激した。
●今回、彼らが経験したことを順に書く。
3/25(木) 来日 ウィスキーミーティング(たった二杯でフラフラに酔っていたTim)
3/26(金) がんばれ社長!名古屋オフィス見学、ひつまぶしランチ熱田神宮参拝、大垣の実家(長女のおばあちゃん)にあいさつ、自宅でバーベキューディナー
3/27(土) 有名な名古屋のモーニングコーヒーで朝食。大須観音、大須のアメ横、たこ焼きランチ、栄のデパート街散策、オタクビル「とらのあな」見学、テレビ塔展望台見物、名古屋城(桜まつり)見物、お好み焼きとやきそばディナー
3/28(日) 京都日帰り観光(金閣寺、龍安寺、清水寺、三年坂・二年坂、祇園)、湯豆腐懐石のランチ、親子どんぶりのディナー
3/29(月) 私が所用のため、終日彼らのフリータイム
名古屋の栄周辺とオタクビルなどを散策した模様
夕食は全員そろって回転寿司に。その後、ショッピング
モール散策。
3/30(火) 東京一泊旅行の予定だったが、Trevanが体調を崩し、彼らは名古屋でリラックス。連日二万歩以上精力的に歩いてきた疲れがでたのだろう。私は東京で仕事があるので一人で向かうことにした。
3/31(水) 当日朝になって「体調がもどったので今から東京へ行きたい」と連絡が入り、歓迎した。
昼前に彼らは東京オフィスに到着したが、私は午後から講演があったので、新橋で大勝軒のつけ麺をご馳走したあとは別行動。
彼らは、東京タワー、秋葉原の電気街とフィギア店、上野公園、渋谷のスクランブル交差点と「109」の店内、新宿の歌舞伎町周辺などを精力的に
散策し、再び18時半に東京オフィス集合。
東京駅大丸の地下街で弁当とビールを買い新幹線で名古屋にもどる。
自宅で最後のティーパーティ。
4/1(木) 「朝8時自宅集合」といっておいたのに、30分も早くやってきた。みんな揃っているのに互いにうつむいてばかりで元気がない。
私の家でお茶をのみながら就寝時刻直前まで遊んでいった彼ら。
普段は自分の部屋にいることが多い長男や次男もずっと彼らのそばで苦手な英語でコミュニケーションを取ろうとしていた。
●帰国前夜、つまり昨夜のこと。
東京から名古屋にもどる新幹線のなかで、最後の晩餐をした。牛飯弁当と崎陽軒のシュウマイ、恵比寿ビールという夕食だったが、彼らはほとんど箸が動いていない。
「疲れたのかい?」と聞くと「少し歩き疲れた。でも大丈夫。それより明日帰るのだと思うと胸がいっぱいで」と浮かない。
「何をしんみりしてるんだい。俺たちは家族だ。いつだって会えるじゃないか。それにチャットもスカイプもあるんだから」と明るく励ましたが、「Oh,yea」とあいまいな返事をするだけだった。
●そして、今朝がきた。
朝、全員が集合した。各自のメールアドレスをメモしたTrevan。玄関先で最後の記念写真を撮っていたら空港に向かうタクシーが出迎えにきた。
乗り込む直前、日本語で「ありがとうございました」と言いながら、Trevanは妻とハグし、長男と次男、そして私にもハグをした。
すでに顔面はくしゃくしゃで、目は真っ赤、涙がほほを伝っていた。
いつも陽気で大声で笑うTrevanの泣き顔をみた瞬間、私もとっさに何かがこみあげてきた。
175センチ90キロという体をハグしながら「お前、バカだな。日本人以上に日本人みたいだな」と内心で思った。
その横でTimは親指を上に立てながら、ニコニコ笑っていたが、さっきまで誰よりもへこんでいたのは彼だった。
●いい奴らがファミリーになったようだ。
果たして彼らもそう思ってくれるだろうか。
TrevanとTimのおかげでアメリカ人に対する見方が少し変わった気がする。
つい最近まで「長女も口達者なアメリカ人にノセられて早まった結婚をしたのじゃないの?」と思わぬでもなかったが、今では、「わがままな娘だがTrevan君、ひとつ、よろしく頼む!」という気持ちになっている。