フルコミッションビジネスひと筋35年。今年65歳になった若松治郎氏(仮名)は、昨年、悲願だった自社ビルを岡山の一等地に建てた。土地代を含めて総工費は10億円かかったそうだ。若松さんと私は旧知の仲。お祝いの花輪を贈ると、その晩に電話がかかってきた。
「武沢さん、ここまで来るのに15年は余分にかかったよ。ホントは50までにビルを建てるつもりだった。遠回りしたものさ」と自嘲気味に言う。だが、その声はあきらかに弾んでいる。よほどうれしいに違いない。
「若松さん、例のトーク一本で自社ビルだなんて凄すぎますよ」と私。「よしてくれよ、オレのテクニックじゃ生ぬるいから35年もかかったんだ。もっと上手なやり方があるはずだが、他に思いつかないからこのやり方だけを頼りにやってきた」
「これ一本」という若松さんのワザは、最高級のものである。なにしろそのひとつのテクニックだけで裸一貫から自社ビルオーナーにのし上がったのだから。最初は教材販売のコミッション営業で身を起こし、名古屋で個人セールスマンとして成功した。その後、実家の岡山に戻って代理店をつくり社長になった。ひとり、また、ひとりと営業マンを採用。今では10名近い組織になった。営業マンには徹底した若松流紹介獲得トークを教え込み、ひとりあたり平均年収1,000万円を昨年達成した。
若松さんが私に初めてアプローチ電話をくれたのは33年前のことである。「武沢さん、はじめまして。私は○○エージェンシー愛知オフィスの若松といいます。実は先日、あなたのことをとても尊敬しておられるS さんからあなたのお噂を聞きました。とても勉強熱心で、将来の人生計画などもきっちりたてられているそうですね。実は今回、・・・」
次の休日にファミレスでお会いすることにした。
教材のセールスであることは前もって S 君から聞いていた。
「断ってもいいですよ。ただ、不思議な印象のセールスマンでして、悪い教材でもないし僕は買っちゃいました。とにかく一度会ってみてください。あとは武沢さんの判断にお任せします」と S が 言っていた。
お会いしてみると、本当に不思議な人だった。まず、話がうまくない。説明がとにかくもどかしいのだ。「もっとしゃきしゃき話せませんか」と言いたくなったし、若松さんが手にしている紙芝居のような説明バインダーを奪いとってみたくなったほどだ。しかも、若松さんの口角には白い泡がタップリたまり、あまり顔を直視したくない。だが、態度や表情からみて誠実そうであったことと、商品に惚れ込んでいて自信をもっておられることは分かった。私はその教材を使って結婚相手を見つけたかったし、独立の準備もしたかったのでその日、購入した。お金がなかったので5年ローンの申込みをした。
必要な手続きがすべて終わり、ホッとためいきをついた。若松さんは書類をカバンにしまいながらこう言った。「これで武沢さんとは一生のおつき合いになりそうです。お互い、人生を大いに羽ばたこうじゃありませんか」「そうですね、ぜひ!」と私。すると若松さんは腕時計をチラッと見た。そして姿勢を正した。
これでおひらきになるのかな、と思ったら若松さんが意外なことを言いだした。「武沢さん、もう数分よろしいでしょうか?」「いいですよ」と言いながらもすこしだけイヤな予感がした。S 君が私を紹介したように私に誰かを紹介せよ、というのだろうか。それなら、絶対出来ない。私はまだ教材を使っていないのだから。断固、それだけは拒否しよう。
ここからが若松さんの真骨頂だった。なぜなら、わずか数分ほどで警戒する私から8人の新たな見込客の名前を聞き出すことに成功したのだから。
そんな若松流の真骨頂とは・・・。 <明日につづく>