●昨日号の続き。
「1,000、30、10」(セン、サンジュウ、ジュウ)、それがクニマツ総業の社長、国松実(46)の口ぐせであり、社員にとっては耳にタコができるほど聞かされてきた数字でもある。
国松いわく、「生産性は1000万なくっちゃダメだし、粗利益は30%、営業利益率は10%必要なんだ。それがいい仕事の証なんだよ」ということになる。
だから「1,000、30、10」が社内の合い言葉となっている。
●そんなクニマツ総業にも不況の波が容赦なく押し寄せた。
創業以来最大の危機である。ある日突然、大口客先から一方的な値下げ要請がメールで舞い込んできたのだ。
それは来月1日から15%のコストダウンを要求するという内容だった。
その条件を飲まねば仕事がなくなる。
だが無条件で飲んでいては、「1,000、30、10」の実現が困難になる。
●国松は、そのメールを読み終えると腕組みしたまま天井を見上げ、「前門の虎、後門の狼。どうしたもんかのぉ~」とつぶやいた。
そういえば、『トップにする会』は今夜だ。
このできごとを社員に告げねばならないが、その前に客先の意向を確認しておこうと、メールの主に連絡をとった。
相手は中堅ゼネコン「上ノ澤組」の業務部長・田中恭二郎(47)である。
●実は、国松は田中部長が苦手だった。
田中は時期役員候補と目されており、仕事もできるし弁も立つ。それでいて、肝心のことになると本音をみせない。だからやりにくい。
●会ってすぐ、上ノ澤組の田中部長は国松の前で滔滔と上ノ澤組の窮状を訴え、値下げ要請に理解を求めた。
その熱弁は30分近くにも及んだ。
終始黙ってそれを聞いていた国松だが、聞き終わると笑顔を見せつつ「どこも厳しいんですなぁ」と、つとめて明るく言った。
そしてこう続けた。
「わしがここで部長さんの前で何をしゃべろうが、なんも変わらんことはよう分かってます。だが、”盗人にも三分の理”ちゅうくらいやから、下請け業者の言い分もちょっとは聞いてもらえたらうれしいんです」
「聞くだけだったらどれだけでも」と田中。
●国松は直訴した。「ここぞ!」とばかり訴えた。
こんな直訴など普通だったら許されないかもしれない。下手をすれば打ち首、つまり出入り禁止扱いされかねないことは国松も承知している。だが、「1,000、30、10」の合い言葉の実現のためにも、ここで無条件降伏するわけにもいかないのだ。
もちろん、直訴の先に何かが期待できるわけでもないが、国松はとにかく訴えないわけにはいかなかった。
●訴えの内容はこうだ。
たった一通のメールで15%も値下げを通知してくる姿勢が気に入らない。
それは今どきめずらしいパワハラではないのか。
できれば「通告」ではなく「相談」という形をとってほしかった。互いに信頼をベースにした取引を末永くやっていきたい。それが互恵関係であり、それなくしてビジネスは長続きしない。
残念ながら上ノ澤組さんの今回のやり方は、当社からみた信頼格付けを引き下げせざるを得ないものである。
●田中部長は幸い無言で聞いてくれていた。
ふしぎなことに、国松は自分で直訴しながら徐々に目頭が熱くなってきた。
「おかしいですよ、やっぱり。部長、やり方がおかしいと思います」
・・・
コストダウンに終わりはないので、うちだってあらゆる経営努力を惜しみません。今回だって何とか対応してみるつもりです。
しかし今までも最善を尽くしてようやく上ノ澤組さんをはじめとした建設会社やハウスメーカー、大手製造業者にも信頼される解体屋としての立場を固めてきたつもりです。なによりも客先に満足してもらい、信頼される会社になろうと社員が力をあわせてきた。この10年間で数千万円の人材教育投資を行い、業務改善のための社内研修やミーティングに全労働時間の10%以上も費やしてきている。
その結果、ようやく田中部長にも評価していただいている当社の技術や人材のレベルが確保できるようになってきた。
だが今回の15%値下げ要請を無条件で飲んだ場合、そうした活動のどこかを犠牲にせざるを得ない。
そこは我々の企業努力で何とか対応するしかないのだが、以上のような気持ちだけでもお酌み取り願えないものか。
・・・
●そこまで訴えて国松は黙った。
しばらくして、田中はつとめて冷静にこう言った。
「お気持ちはよく分かりました。おっしゃることが分からない訳でもないので、今後の参考にさせてもらいますよ」
国松はそれで満足した。
●その夜、国松は『トップにする会』で社員に事実をすべて告げた。
そして新たな号令を発した。それは、「コストダウンにはコストダウンで対応する」というものだった。
<明日に続く>