※このショートストーリーは実話に基づくフィクションです。
●「バカやろ、おれは先生じゃねえ。それにこのミーティングの時間はな、お前らにもギャラが発生してんだから、ちゃんと貢献しろよ。何ならお前だけノーギャラにすっか?」
今週入社したての社員が、会議の最中にノートを出してメモしていたら社長に注意された。
●ここは「株式会社クニマツ総業」、社長の名は国松実(46)。
建物解体がメインで、古物売買も行う。10年前に国松が興した会社である。国松は言葉づかいこそ粗暴だが、内面は繊細で論理的で、数字にも強い経営者である。
●クニマツ総業の社員は17名。
『クニマツの掟(おきて)』という独自のルールが11個あり、世間の常識と異なるものも目立つ。
1.「朝礼、会議、研修」第一!
クニマツの社員はどこで何をしていても、上司の許可か命令がないのに、朝礼・会議・研修に欠席、遅刻することは許されない。
大口受注よりも客先クレームよりも、これらの社内行事を優先する。
2.ノート、メモ禁止!
会議やミーティングでメモをとってはならない。それは時間つぶしである。大切なことはその場で脳に刻み込め。何よりも会議ではキミの発言と決断を要求す
る。(重要な数字や電話番号などはメモ可)
3.休日はすべて使い切れ!
所定の休日と有給休暇は一日も余すことなく使い切れ。
その替わり、勤務の時には最高のフィジカルコンディションと、高いテンションでチームに貢献せよ。それが出来そうもない場合は申し出て休日にせよ。
二日酔いだ、ブルーマンデーだ、かみさんとケンカだ、子供の非行だ、いかなる理由があってもブルーな顔は許されない。
4.毎月二冊、読書感想文をブログにアップせよ!
常識内であれば読書のジャンルは問わない。読んだ本の感想文を非公開の社員ブログに月に二回以上アップすること。
休日のたびに集中して1時間読書すれば、必ず月に二冊は読める。
5.真っ新な制服(白衣)で仕事すべし!
汚い格好、よごれた作業着は業界と企業の品位を下げる。ドクターの白衣のような清潔な作業着を着用すべし。汚れたら日に何度でも着替えろ。出勤時は互い
にスーツ着用。
6.『トップにする会』に全霊を込めて参加すべし!
●毎週金曜日の午後7時には全員が本社に集まる。
それは、『クニマツ総業を業界トップにする会』があるから。それに遅刻した者は、理由の如何を問わず罰金5万円が課されることになっている。ルール制定後10年になるが、社長の国松がスキーで骨折入院したとき以外は誰もこのルールを破っていない。
●この会の目的は業界トップ企業になること。
この一週間で何が達成できたか、何が問題だったかを個人と会社それぞれで整理する。そして来週以降、業界のトップ企業になるために打つべき手を決めて各自が行動する。
●この『トップにする会』で国松が口を酸っぱくして言い続けていることが「1,000、30、10」(セン、サンジュウ、ジュウ)という呪文のような数字。
●最初の「1,000」とは、社員一人あたりの年間粗利益の目標額1,000万円のこと。次の「30」とは、会社の目標粗利益率のこと。そして最後の「10」が売上高に占める営業利益の割合を10%以上にするということ。
それが月次において達成できなかったときには、明日にでも会社が倒産しそうなほど深刻に未達の原因と対策を話し合う。
その数字が三つとも達成されたら、大入り袋が支給される。直近の12回のうち、8回は深刻な会議になった。
●この業界は今、経営の近代化と環境対応に真摯な取り組みを行っている。
もちろん旧態依然とした「こわし屋」も多いが、クニマツ総業では、解体にともなう「騒音・煤塵(ばいじん)・振動」という三大問題を軽減し、施主の企業品位向上とコスト・時間のロス削減にどう貢献するかという問題に日夜知恵を絞っている。
●そんなクニマツ総業に最近、最大手の客先から一通のメールが舞い込んだ。
それは15%のコストダウン要求だった。
文面は、「今後のお見積もり額を15%程度引き下げをご検討願えれば幸いに存じます」という優しいものだが、「それに対応した業者だけに発注しますよ」、という客先の意思表示である。
クニマツとしても大口客先だけに無視するわけにはいかない。
●「1,000、30、10」(セン、サンジュウ、ジュウ)という国松の号令に暗雲が漂った。
こんな時代だから、国松はその号令はいったん取りやめにするのか、それとも一通のメールだけでコストダウン要求をしてくる大口客先と争うのか、それとも・・・。
その日の夜、『トップにする会』が開かれた。
<明日につづく>