「日本から倒産をなくしたい。僕は税理士になってこれまで、その思いだけで仕事に打ち込んできた。それこそ仕事だけに打ち込んできたから、家内から苦情を言われたことが何度もある。その点では反省もあるが、自分の私利私欲ではなく、日本企業の経営を良くするために打ち込んできたと胸を張れるし、悔いもない」
若いころから仕事だけに打ち込んできた夫。おそらく奥さまのご苦労も人並みならぬものがおありだったと思うが、その結果が、今日の NBC グループなのだから、すべてを飲み込んで野呂社長の話をだまって笑顔で聞いておられた。
私と家内は、白老にある NBC コンサルタンツ「研修センター」におじゃまし、野呂社長ご夫妻にバーベキューをご馳走になっていた。食後のデザートに夕張メロンを頂戴しながら、野呂社長の事業哲学を伺った。その間、炭火もすこしずつ落ちていく。
「倒産や廃業を回避し、きちんと事業が存続発展していくためには、何よりもまず会社に自己資金が要る。自己資金を貯えるには、経営者は数字と資金に強くならねばならない。自分を太っ腹に見せようと見栄をはったり、お金をみるとすぐに使ってしまう浪費癖を社長は直さねばならない。にもかかわらず、自分を変えず、何となく増収増益すれば経営はうまくいくものだと安易に考えているから、誤った経営判断をしてしまうことになる」
「誤った経営判断とは例えばどんなものですか?」と私。
「それはだね、ゴホンゴホン。ゴホンゴホ」
時々咳き込まれる。「大丈夫ですか?」と横から家内。
「なあに、70になるとね、奥さん。人間、どこかはいたんできますよ。でも僕も家内も日本一の病院で毎年健康診断を受け、医師のアドバイスに従っているから安心してください」と野呂社長は笑う。
「武沢さん、誤った経営判断とはね、乏しい自己資金を顧みずに社員を増やし、固定費を増やすことです。それに、まとまった金額の投資をすることや、営業を強化して客数をどんどん増やそうとすることも誤りです。そうしたことは本来、一定額の自己資金を貯えてからやるものです。料理でも旅行でもなんでも手順があるでしょ。手順通りにやらないとダメなのを知っていながら、会社経営だけは手順を無視するからうまくいかなくなる」
「経営ステージによって手の打ち方が異なるという意味ですか?」と私。「そういうことですよ。社員を増やし、将来に投資し、広告宣伝に力を入れる前に、経営の第一ステージでやるべきことは自己資金5,000万円、自己資本比率50%超えに専念すること。資金もないのに人を増やし、将来に投資している会社があるが、世間の書物やセミナーが経営者を”増収増益至上主義”へミスリードしている」
「あなた、そろそろ出発しないと・・・」奥さまに促され、野呂社長はあわてて時計をみた。
「お、そうだね。ついつい経営について話し始めると止まらなくなる。では、いまから白鳥大橋をご覧に入れます。車で50キロぐらい走りますが、とても美しいところなので是非行きましょう」と野呂社長。
バーベキューのとき野呂社長がビールを飲まれなかったのは、別のアポイントがあるからだと思っていたが、そうではなかった。私たちを食後のドライブにお連れいただくためだと分かり、感激した。時計をみたらまだ19時。暮れ始めてはいるが、空はまだ明るさが残っている。
本来なら私か家内が運転すべきなのだが、ふたりともペーパードライバー歴20年なのでそれもできない。
「50キロもあるのに、本当によろしいのですか?」と尋ねると、「何てことないさ。名古屋とちがって北海道の50キロなんてすぐだよ」という言葉に甘えて、室蘭までドライブにお連れいただいた。室蘭に着くと、日が完全に暮れていた。文字通り白鳥が羽根を広げたような白鳥大橋が輝いて見えたとき、写真を何枚も何枚も撮った。
「北海道でパークゴルフが流行ってのをご存知?」と野呂社長。未経験だったが、白鳥大橋のたもとでパークゴルフに挑戦した。
午後9時過ぎ、室蘭から白老への帰路についた。途中、蝦夷鹿が草をはんでいるのに遭遇した。まだ幼い体つきだったが、まっ暗な中、両目がきらりと光るのを見た。近くには親鹿がいたはずだ。
「野生の鹿を見たのは初めて!」 家内の声が裏返っていた。
<明日につづく>