床に食べ物を落としたとき5秒以内(地域によっては3秒)に拾いあげればセーフ、という「5秒ルール」、あれは日本独自のものではなく世界の常識らしい。現に、イギリスのある大学で5秒ルールの効果を科学的に検証する実験をしている。その結果、5秒ルールには歴とした科学的根拠があることがわかったそうだ。これからは、胸を張って5秒ルールを実行できるわけだ。(落としたモノ、落とした場所によっては適応外)5秒ルールについて気になる方はこちらのホームページで確認していただきたい。
5秒ルールの科学性 http://www.gizmodo.jp/2014/03/5_61.html
今日は、それとは別の「5秒ルール」をご紹介したい。
東京のS 先生から「焼酎のうまい店を知らないか」と電話が入った。暗に一緒に行こうよという S 先生特有の勧誘法である。私は一度行ってみたかった牛タンの美味い店を指定し、そこで合流した。隠れ家のような場所にあり、S 先生はたどりつくのに難儀されたらしい。店内は全席個室となっているので、密会気分は最高だ。
ネットの評判どおり、料理も酒も雰囲気もよい。「なかなか乙な店ですな」と S 先生も上機嫌になった。私は店の雰囲気や料理もさることながら、仲居さんの接客に注目していた。博多弁が残っている福岡出身の方と、岐阜出身の方が交互に料理を運んできてくれる。ともに20代半ばと思うが、その接客がどこか普通の店と違う。店内は満席なのだが、仲居さんの動きはキビキビしているだけでなく、どこか落ち着きがある。まるで店内には他の客がひとりもいないような雰囲気を醸しだし、つい余計な軽口をたたいたり、料理や酒について質問したりできる余裕がある。そうした時間も会食のスパイスとして大切なのだ。
「ここの仲居さん、雰囲気がいいですね」と私が言うと、「私もそのことに感心しておった」と S 先生。乾杯のとき「これで写真を撮って」と S 先生が iPadを手渡すと、彼女は「三枚ほど撮っていいね」と博多弁のイントネーションで尋ねる。そして笑顔が少ない私たちをみて、「それで笑っと~と?」と聞く。その絶妙な問いかけのおかげで我々はぶ然としたツーショットを残さずに済んだわけである。
しかし私が感じている仲居さんの「なにか違う」というのはそうした目にみえる会話やサービスのことではない。目にみえない何かの雰囲気が違うのだ。その日、S 先生との謀議も興味深いものだったせいもあり、結局、最後まで仲居さんの接客の秘訣が分からなかった。そこで精算のとき店長を呼んでもらった。あらわれた店長は40代の大柄な男性だった。
料理と酒をほめたあと、仲居さんの接客について尋ねた。すると、店長はこんなことを話してくれた。
「混んでいる店特有のバタバタした接客では中高年のお客さまは納得されません。ですから当店では【5秒ルール】を徹底させています」
「5秒ルール?」
私は思わず聞き返した。食べ物を床に落としたときの「5秒ルール」を思いだしたからだ。ところが店長が説明したルールは、まったく別のものだった。それは、お客さまとの会話が終わってもすぐに立ち去るのではなく、5秒間そこに残ってにこやかにたたずんでいなさい、と定めたルールだった。それは一流の料亭や割烹では自然にできているサービスでもあるそうだ。
「5秒ルールをやってみてどうですか?」、横にいた博多弁の仲居さんに聞いてみた。すると「最初はなかなかできなくて、立ち去ろうとしたときそこに踏みとどまって、心のなかで5秒数えてました」と笑う。今では数えなくても自然に5秒程度の間がとれるようになったそうだ。その5秒によって追加の注文がもらえることもある。お客とのコミュニケーションが深まるし、お客が長居してくれると単価も伸びるだろう。
食べ物を床に落とした5秒ルールは科学的に証明されたわけだが、接客の5秒ルールがもたらす改善効果はまだ証明されていないはず。しかしあきらかにお客が感じる快適指数がアップすることだけは間違いないのである。
これは飲食に限った話ではないはずなので、一度お試しあれ。