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役割によってやるべきことが違う

●昨日は新宿・末廣亭で落語見物。ライブで見るのは初めてだが、腹の底から笑ってきた。それにしても日曜日の午後ともなると超満員で、周囲の立ち見を含めて400名くらいが熱い視線を高座に向けていた。

●落語の世界には独特の縁起担ぎの風習が残っているようで、お金を「する」(なくなる)のを連想させるから「する」とか「すり」とか言わないらしい。

例えば、するめ→「あたりめ」、ひげをそる→「ひげをあたる」、すりこぎ→「あたり棒」、すり鉢→「あたり鉢」などと言うらしい。
これは落語家のネタだが、あわてん坊の若手がスリッパのことを「あたりっぱ」と言って笑われた、と場内を沸かせていた。

●その世界にはその世界の常識がある。

18世紀に貴族制を廃止したフランスは、新しい国家建設のための人材育成機関「グランゼコール」を作った。エリート養成機関である。

国公立の授業料は無償が原則のフランスでも、「グランゼコール」は高い授業料をとる。
いや、それよりも何よりも世界屈指の難関、超がつくほどの少数精鋭の教育機関なので、入学できた時点で国を代表するエリート確定だ。
ちなみにシラク前大統領は「グランゼコール」出身だが、現大統領のサルコジは中退している。

●日本では昔、武士の子供にはそろばん勘定を教えなかった。
おさむらいの子は藩校に入って四書五経を中心に、人間学(特に人の上に立つ者の生き方)を学んだ。

おさむらいは文武両道であるべきなので、馬術や剣術、弓術などにも精を出した。志を練るために、漢詩や書道も勉強した。

庶民の子たちは、寺子屋で生活の実学(読み書き算盤)を教わった。

藩校と寺子屋の中間の役目をしたのが私塾で、松下村塾(吉田松陰)や適塾(緒方洪庵)などが、それぞれの教育をした。

●立場や目的によって日常の過ごし方も変わるようだ。

おさむらいにもランクがあって、「上」の部類のおさむらいになると、お付きの者が必ずついている。
だから着替えも入浴も自分ではしない。お付きの者に手伝わせるのだ。
だから遊郭では、自分で脱衣する客とそうでない客とである程度、素性の見分けがついたらしい。

●そういえば、私も自分の身の回りのことは自分でしない。

脱衣くらいは自分でやるが、整理整頓が大の苦手なのだ。きれい好きなのだが、きれい下手である。何とかしなければとずっと思ってきた。

そして昨日、風水の先生とご一緒したが、私の整理整頓下手を告白して叱ってもらおうとした。

●すると先生いわく、
「整理整頓は風水的にみてものすごく大事。でも男性はこまごましたことをしないのが開運につながるし、女性はその反対。立場や役割によって開運術は異なるのです」

救われる気がした。

●勇気百倍、日本の経営者に申し上げたい。

こまごましたことはやめよう。
整理整頓くらいならまだ良いが、何の新聞代をけずって経費を幾ら浮かす、なんていう小さい収支計算をやっていたら、すぐにやめることだ。
なにも計算するなという意味ではなく、社員とはスケールの違う二桁も三桁も大きなことを計算しよう。それが社長の開運術だ。