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経費を切りつめる

15年ほど前のことだろうか、ある朝、遅刻しそうになって大いにあわてた。「悪いが、お父さんはとても急いでるんだ。みんな手伝ってくれ」と家族に声をかけ、着替えを手伝ってもらった。私は椅子にすわって Yシャツをはおりボタンをかけていく。その間、長男は右足、次男は左足にズボンを通し、靴下を履かせてくれている。家内は私の髪をブラシで整え、長女は靴箱から私が指示した靴を出している。私のために家族が一体になってくれたのだが、「あれは最悪の思い出」と今では笑いぐさになっている。なぜなら、身仕度の分業はとても効率が悪いのだ。結局、靴下はいったん脱いで最初からはき直すことになり、いつもより時間がかかってしまったのだ。

世界第二位のカルフールを4倍しのぐ世界最大の小売業がウォルマート。一代で10兆円ともそれ以上ともいわれる個人資産を作ったが、自伝のなかでこんなことを言っている。

「幸いなことに私はヨットを買いたいとか島を丸ごと所有したいなどと思ったことは一度もなかった。こうした欲望や野心が、多くの好調だった企業を駄目にしてきたのである。生活レベルを上げるために自分たちの持ち株を少しずつ売って、ついには会社を乗っ取られ、破産してしまう家族もいるのだ。(中略)どんな金持ちだろうと、ズボンをはくときは片足ずつしかはけないと私はわかっている」

私はそれをわかっていなかったので両足・両手一度に着替えようとして失敗した。

社長業は金銭観を整えることから始める必要がある。「お金を無駄づかいしてはいけない」と分かっているのに上手な言い訳をこしらえて浪費する。社員のため、時間節約のため、○○のためと言いながら余分なお金をつかっていく。新幹線はいつもグリーン車、飛行機はビジネスクラス、友人との食事は少なくとも10,000円の店、ホテルはその都市のトップクラス、市内移動はハイヤーかタクシー・・・。そうした生活を続けていくと、いずれは自由席、エコノミー、激安居酒屋、カプセルホテル以外の選択ができなくなるだろう。

サムウォルトンの言葉をもうすこし続けよう。

「出張は二人相部屋に泊まることにしている。もっとも年をとったので私だけはついに個室に泊まるようになったが。宿はホリデイ・インかデイズ・インなどのビジネスホテルであり、食事は、もし取る時間があればだが、ファミリーレストランをよく利用する」

そして役員報酬を何億円も受け取っている昨今の経営者を嘆いてもいる。

ウォルマートのあるベテラン店長の証言。

「あのころよくサムと商品買付のためによく旅行した。その際には、一部屋か二部屋に全員で泊まったものだ。シカゴでは八人が一部屋に泊まったこともある。そもそも、その部屋はそれほど広くはなかったのだ。私たちは経費を限界まで切りつめていたといってもいいだろう」

そこまで苦労して一ドル(一円)の利益をひねりだそうとしている。こうしたトップ自身のお金の使い方は、社員に経費削減や利益達成を言葉で要求するより大切なメッセージになるだろう。

一円も無駄にしない。そして一分も無駄にしない。そうした金銭哲学、時間哲学を確立しよう。