「営業研修」らしい。この春入社予定の大学生が飛びこみ営業にやってきた。私は不在だったが机の上に彼の顔写真入りの経歴カードが置かれていた。
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○○証券 △△支店 法人営業部:佐藤 大地 (仮)
出身:青森県西津軽郡
モットー:誠心誠意で顧客満足の最大化をめざす
特技:算盤(特に暗算)、国際金融、大食(唐揚げカレー2キロ)
体格:177センチ(77キロ)
自慢できること:米を食べれば産地が分かる
略歴:平成○年○月○日生まれ 子供のころから算盤が好きで…
(以下、省略)
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きっと佐藤君は会社に命じられてこれを作ったのだろうが、こういうカードにどの程度の効果があるのか懐疑的だ。プライベートで使うならまだしも、ビジネスしたい相手にこんなカードが何の役に立つというのか。佐藤君が悪いのでなく、やらせている会社が悪い。それよりも、この会社が今、顧客や見込客にどのような情報や提案をもっているのかを簡潔に書いてくれた方がありがたい。
企業は、営業戦略上、売りたい商品を顧客に営業攻勢をかける。そのために、製品やサービスの魅力をアピールしたり、社員そのものを売り込むためのチラシやホームページを作る。最後は、無料お試し期間を設けたり、最初の取り引きは大幅に値引きするなどしてとにかく取り引き実績を作ることに躍起になるわけだ。
どうしてアピールばかりするのだろう。もっと顧客に聞いて回ってはどうだろうか。営業社員にも、自己アピールを教えるのではなく顧客に聞いてまわることを教えたい。次のような謙虚な質問をしてまわっている会社をあまり見聞きしたことがない。
「あなたのお役に立つ会社になりたいと願っています。そのために、わが社にどのような製品やサービスがあればよろしいでしょうか?」
その声を集約し、ネットなどでフィードバックし、企業としてそれに対応していけばよい。
「御用聞きの商人じゃあるまいし、こっちは顧客を導いていく誇り高き証券マンなのだ」という考えもある。だがそれはビジネスの一側面の話であり、現場の営業第一線で働く若者には、まず御用聞きの精神を学ばせたい。
『ハーバードビジネスレビュー』(2015年3月号)の92ページに、次のような興味深い特集があった。レポートタイトルは「法人営業で顧客に最後の最後で選ばれる方法」というもので、著者はアメリカの大学教授ばかり三人。
こんな主旨のレポートである。
・・・
法人営業の市場において製品・サービスを売り込む場合、多くの企業が次のうちのどれかを選択している。
1.自社独自の特長を強調する
2.低価格を訴求する
特に、決定の最終段階になるほど、価格面で譲歩する傾向が強くなるが、それは必ずしも顧客が期待しているものではない。時にはあまりに値下げすると、その企業に対して不信感を感じることもある。では、顧客が真に求めていることは何か。それは顧客の事業に顕著な違いをもたらす要素、すなわち顧客にとっての「正当化要因」である。
・・・
平たくいえば、顧客が得られるゴリヤクのことをこのレポートでは「正当化要因」と呼んでおり、9ページに及ぶレポートでそれを掘り下げている。ここではその中から一箇所だけ引用したい。
それは「正当化要因」の実例である。
(以下、引用)
ノースカロライナに本社を置くある会社は、商用車用の棚や機器ラックを設計・設置している。同業他社は納入すれば自分たちの仕事は終わりと考えているなか、同社は設置後も年に2回顧客のもとに足を運ぶ。そして無料で製品の点検を行う。その際、顧客の要望があれば、緩んでいるボルトを締めなおしたり、外れそうな棚、うまく開かない引き出しなどを修理する。要するに必要なメンテナンスは、その場でリーズナブルな料金で行ってしまう。完全に壊れてしまったときには10万円以上かかるものが、こうした修理のおかげで数千円で済む。相手企業の車両管理者の仕事も大幅に低減されるようになり、この会社が同業者をさしおいて選ばれる「正当化要因」は強まった。そして、この会社はこうしたサービスを始めた三年後、売上高の15%をメンテ収入が占めるようになったばかりか、新規開拓営業一本槍だった同社の企業体質を変えつつある。
(以上、引用)
いかがだろう。「正当化要因」と聞くと最新のビジネスキーワードのように聞こえる。だが、特別新しくもない。日本でも映画「てんびんの詩」にあるように近江商人の時代から商いの心を教えているのはひとつの「正当化要因」づくりである。
いずれにしても、営業社員に「自分を売り込んでこい」などと言わず、法人営業において我が社が選ばれることを正当化する要因を作ろう。しかもそれは、価格以外のところに求めなければならない。