先週で、大学生に対するインターンシッププログラムを終えた。
中小企業家同友会事務局からの依頼もあって、当社として初めてインターン学生の受入を決めたのが今年三月。
その際、事務局から「学校から単位が出るインターンシッププログラムなので、アルバイトみたく給料や交通費は払わないでほしい」と言われた。
「じゃあ、うちは何をすれば良いの?」と尋ねると、
「武沢社長にお任せします」とのことだったので、
「カバン持ち程度の雑用でもよろしければ」とお受けすることにした。
「経営に興味があり、経営者の方がどのようにモティベーションを保っていらっしゃるか学びたい」という要望をもつ学生を我社に割り振ってくれた事務局。一見すると、ナイスジャッジにも思えるが。
将来、もの書きを目指しているとか、経営コンサルタントになりたいとか、インターネット広告やメルマガに興味があるという方なら、きっと我社は感激してもらえる職場だったと思う。
だが、福祉関係志望の方にとってはどうなのだろう?と手探りの10日間だった。
講演などで外出するときにはカバン持ちをお願いし、経営相談会にも相手の方の許可を得て彼女の同席を許可し、オフィス内では新たな市場作りのためのDM名簿作成など、非定型の仕事をお願いした。
そうした合間をぬって、私から60分から90分の個人研修を施したりもした。
彼女はよく努力されたと思う。こちらも、やるべきことはやってあげたつもりだ。
それでも、それでも、だ。
彼女はきっと不満だったと思う。もっといろいろなことを教えてほしかったと思っていることだろう。
私も不満だった。もっと貪欲に、突っ込んでいろんなことを聞いてくれよ、と。
会社は学校ではない。
経営に関して興味がある、という程度の人に経営講座をしてあげるゆとりと気持ちはない。
「興味があるから知りたい」という程度では教える気にならないのだ。
なぜなら、いつも身命を賭して経営に取り組んでいる経営者と接する毎日だから。それを横から見てもらう場を差し上げるのが当社のインターンシッププログラムだ。
学生の学ぶ姿勢の甘さや気迫の乏しさは彼女自身の問題ではない。
学生という非・社会人がもつ切迫感のとぼしさを、私が勝手に感じてしまうものだ。
インターンシップを終わったばかりの今、あえて言いたい。
インターン学生に必要なことは、企業側から提示されたメニューを消化することではなく、ドンドン質問することであり、門を叩くことである。
こちらは、学生が門を叩くための時間を10日間差し上げたつもりだ。
社長や先輩から与えられた講義を受けることだけがインターンではない。
料理人になるための第一歩は現場で皿を洗うことであり、鍋を磨くことであり、包丁を研ぐことだ。必要によっては、そうした毎日が何年も続くことがある。
料理人の第一歩が、教室で料理の授業を受けることでは断じてない。
そうしたことをどれだけ理解させてあげられたかと思うと、私も少々悔いが残る。
インターンに来てくれた山崎さんという女子学生の名誉のために申し上げるが、彼女は一般的な21才の同期生の中にあっても遜色ないほどよくがんばったと思う。とてもガッツのある子だ。
だが、こうしたインターンシップというものに対する認識ギャップが最後まであったせいか、おそらく彼女にとっても、私にとっても食い足りない二週間だったことだろう。
提言
インターンシップは事務局が割り振るのではなく、企業側も学生側も相手を望む状態でやらせるべきだろう。