人気格闘ゲーム『バーチャファイター』に酔拳使いの舜帝が出てくる。徳利(とっくり)酒をあおり、顔を真っ赤にしてフラフラと酔っぱらい、軟体動物のような柔軟な動きの連続技で相手を仕とめてしまう。すでに相当な老齢のはずなのにとても強いので、私はこのキャラが好きだ。子どもとゲームするときには迷わず舜帝。
柔よく剛を制すと言うが、それは、敵の力をうまくかわすからではない。かわすだけでは勝てないのだ。むしろ、敵の力を上手に利用するから「剛」以上の「剛」になれるのが本当の「柔」なのではないかと思う。
そういえば、中学校の三年間、剣道部に所属した私は剣道大好少年だった。自宅にも竹刀をおいて、毎朝毎晩、自宅の前で素振りしていた。
学校の部活で練習するだけでなく、早朝や週末には近所の道場にも通った。
寒い朝、母に見送られながら一人で防具を担いで朝練に向かうのは辛かった。寒いし眠い。だが、一歩道場に入ると独特の緊張感ある空気が私の惰気を吹き飛ばしてくれた。
ある朝のこと、「切り返し」という基本的な打ち込み練習の相手役がいつもと違うと気づいた。いつもは20才位の青年が受けてくれるのだが、今日は60才前後の老剣士。
「切り返し」とは、練習相手の面を打ち込んだ後、体当たりし、下がりながら左右の横面を打って、再び正面を打ち込む練習だ。
いつもの青年なら、私の体当たりに押されて20センチほど上半身がのけぞるが、今日の相手はこっちから見ればおじいさんだ。
おまけにちょっと痩せている。どうみても弱々しいが、練習に遠慮はいらない。思いっきりぶつかって、突き飛ばしてやれ。こちらの若きパワーを見せてやろう、とひそかに思った。
道場主の「はじめ!」の号令で練習開始。
私はじいさんの防具めがけて「メーン!」と打ち込み、竹刀のつばを胸元にグイッと下げてから、じいさんに強烈に体当たりした。
その瞬間、私は岩にぶつかった。「ガツッ!」という音がした。
じいさんの身体が岩のように固く、ピクリとも動かない。それどころか、こっちが跳ね返される。何度やっても岩のようだ。
「どうなってるんだ、このじいさん」と内心舌を巻いた。筋力や体力では若者にかなわないはずの老人。だが、老武道家の無駄のない動きとツボを押さえた力のいれ具合は、時としてパワーにおいても若者をしのぐ。
「柔は剛より固い」と素朴に思った。
15の私は、漠然と「こんなじいさんになりたい」と思った。あれから38年、私はあの時の “じいさん” の年令に近づいてきた。
あいにく剣道は続けてこなかった私だが、どっちにしてもあの時のじいさんの枯れた深さには、まだまだ敵わない。
じいさいんの事を思いだすたびに、もっと、もっと極めたいと思う。