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接客の神髄

「お客さんの靴、これ最高だねぇ。もっと油をやんなきゃ。今から5分もしてごらん、新品にもどるから。」

「ほんと?」

「ああ、こうして油をしっかりと染みこましてやんなさいよ、そうしたら革というモンはよみがえるんだから。このシワだけは、はなかなか取れないけど、それも味ってもんだね。」

(真剣にキュッ、キュッという音を立てながら全身で磨く)

「へぇ~、あっ、ホントだ。ウソのようによみがえってる。」

「でしょ、長年これだけでメシ食ってきたのも伊達じゃないでしょ。」

「うん、今度別の靴を持ってくるから。また頼むよ。」

「まかせてよ。ただちょっと待ってもらうこともあるからね。」

東京駅丸の内口で40年、この道一筋のカリスマ靴磨きがいる。髪の毛をちょんまげ風に結って、となりに並ぶ同業者達がヒマそうにしていても、彼一人はいつもフル操業だ。

私は、わざわざ東京駅で途中下車し、必ずここに立ち寄る。この靴磨きのプロは、東京駅の人の流れを変えるほどに腕が良いのだ。何足かの靴を持参する人も少なくない。

偶然、このカリスマ靴磨きに出会うまでは、適当に空いている人に頼んでいた。しかし、出会ってからは虜にさせられたのだ。この人でないとダメなのだ。他の人と何が違うのか。磨き終わったピカピカの靴で歩きながらいつも考えさせられる。

「腕が良い」
・・・それは間違いない。でも他の人たちも腕は良い。

「情熱を込めて磨いてくれる」
・・・それも違いない。だが他の人も情熱的だ。

「仕事に誇りをもっている」
・・・これも同上

「笑顔がさわやかだ」
・・・これは他の人と大きく違う。他の人たちの顔は印象にな
いが、この人の笑顔は今でも思い出すことができる。

「語り口が絶妙」
・・・磨いている間、ずっと江戸っ子口調で何かを語っている。これも他の人を大きく上回っている。時にはさりげなく自      慢を、時には靴のウンチクを、時には常連客の話題を、とにかく話題が尽きない。

「ほめる」
・・・これが一番の違いかも知れない。この人の、靴を誉めるためのボキャブラリーは無数にあるようだ。

・イタリアモンだねコレ、一生モンだよ
・このコードバン、特上級だね。やっぱり靴はコレだね。
・(最低の靴でも)まだまだ一年はいけるよ

とにかく靴しか誉めない。「センスが良い」とか、「オシャレだね」とかの歯が浮くことは決して言わない。靴の一点のみを誉める。それがかえってうれしい。

捨てるつもりの茶色のバックスキンがあった。これが見事、現役ローテーションに復帰した。その裏技は人にしゃべるな、と言われたのでここでは内緒にしておく。

数分間と500円を投資してみられてはいかが。あの人だなってすぐ分かるが、仕事中に近寄ると空いている人の前に座ることになる。遠巻きから眺めていて、手が空いた瞬間に近づくのだ。あの人も待っているな、とおぼしき人が何人もいる場合は、この職人さんに予約を入れておくと良い。

このカリスマ靴磨きから、接客の神髄が学べるかもしれない。