東北のK氏(39才)は、パン職人になることを夢見て脱サラし、神戸の人気パン屋で二年間修行してきた。年令的にも少々遅咲きのデビューということもあり、連日厳しい修行だったが、それが彼の夢への第一歩なので、辛くなどはなかった。
そして念願かなって自分の店をもち、奥さんが店番、ご主人のKが厨房でパンを作った。
早朝の仕込みは大変な作業だったが、作ったパンが毎朝の通勤通学時にきれいに売りきれてしまうのを見ると、疲れなど吹っ飛んだ。
K夫妻は幸せだった。
だが、それも長くは続かなかった。神はK夫妻に試練を与えた。
順調な初年度が終わって二年めに入るころ、どうも両手の節々が痛むので医師に見てもらったところ、リウマチだという。徐々に痛みがひどくなるので通院した。パン作りに支障が出たが、奥さんがカバーしてくれた。だがそんな折、奥さんまでもが病に倒れ入院した。
近所の主婦仲間がお店を応援してくれたが、徐々にお店の臨時休業が増え、やがて客足が遠のいていった。
三年目の冬、Kはパン屋を閉めた。
苦渋の決断だったが同じ町内にある実家のコンビニ店を手伝い、かろうじて生計を維持した。
再就職しようか?とも考えた。
だが夫婦の蓄えが底をつくころ、Kのリウマチは和らぎ、捲土重来を期すことになる。コロッケ店の開業プランだ。
実家のコンビニ店の隣にあったお店が退店し、空き店ができた。そこでコロッケ屋をやろうという計画だ。もともとパン屋かコロッケ屋がやりたかったというK。
そんなある日、知人に誘われて「東北非凡会」に参加した。講師は、「がんばれ社長!」を書いている武沢さんという人だ。
知らない人ではあったが、Kは参加し、二次会で武沢に質問してみた。
「武沢さん、コロッケ店を開業するにあたり、私はまだ自分のスタスを決めかねています。コロッケのメニュー開発をしたり、実際にフライヤー(揚げ物専用機)でコロッケを揚げるべきか、そうした職人を使う経営側の仕事に専念すべきか、ご意見をお願いしたい」
と。
ちょっと間があってから、武沢はKに言った。
「Kさん、両方やりなさい。ただし、料理人を目指すためにコロッケを揚げたり開発したりするのではなく、経営者として適切な判断ができるようになるために料理の勉強をするのです」
経営者が料理人としての修行をたとえ一年でも積んでおけば、実際にメニュー開発や味決め、ボリュームや価格を決定する場面のときにそれが活きる。
事実、私の名古屋の友人が総菜店を開業したとき、自己主張の強い職人さんと意見が合わず大切な開業前の時間に言い争いばかりしていたのを見ている。社長が料理を知らないと、職人も自分の経験ばかりを主張しがちなのだ。
K氏自身の経験を振り返ってみると、神戸で修行してパン屋を開業したところまでは良かったが、そのワザを誰かに教える前にリウマチを患い、閉店に追いやられた。
同じテツを踏まないためにも、Kは経営者になるべきなのだ。ただし、現場のことをよく知った経営者になるのだ。
キャリア充分の職人を使える経営者になるために、一年二年の時間投資など惜しくないはずだ。
「がんばれK社長!」