「役員全員が経営計画書を作るスキルが必要だと思います。会社のなかで経営計画講座をやっていただけませんか?」というオファーをいただき、ある精密部品会社を訪問した。応接室に通され、お茶がだされた。
ふと見ると、応接室の壁にはいろんなものが貼ってある。近寄ってみると、それは経営計画書だった。A4 サイズ 40ページほどの計画書が壁一面にすべて貼ってあり、ところどころ手書きの赤ペンで実績値が書き込まれていたり、メモが書き加えられている。
良く出来ているので撮影したくなった。「撮っていいかな?」と独り言を言いつつ iPhone に手を伸ばしたが、すぐに「撮影禁止」のステッカーが目に飛びこんできた。「でしょうね」と言いながら撮影をあきらめた私は各ページを目に焼きつけることにした。
そこへ社長が入室された。壁際に立っている私を見て、「初めてのゲストはほとんどが壁際に立っておられます」と社長が笑う。10分ほどかけて経営計画のポイントになる部分を解説していただいたわけだが、こうした壁面展示が始まったのは 20年ほど前からだという。
最初は応接室ではなく、会議室で壁面展示が始まった。経営会議や営業会議のときに、すぐに経営計画書が確認できて便利だと営業部長が発案した。やがて応接室にも展示し、来訪者への情報開示を始めた。
同社の経営ポリシーは 「Just Do It Now」である。以前、ナイキのスローガンに「Just Do It」(やるっきゃない)というのがあったが、それに「Now」が付いている。その意味を社長に聞いてみると、「とっとと、やっちまえよ」というニュアンスの和製英語らしい。
20年前まで同社は 100%下請けの製造業だった。しかし現社長の方針で、技術力の高さを武器にメーカーの開発段階から協力できる企業になろうと取り組んできた。その結果、今では特許技術を幾つか有するパートナー企業の位置づけになった。
下請けの頃は「安全第一、品質第一、納期第一」が経営ポリシーだった。しかし、外部に指定された条件をクリアするだけではいつまでたっても下請けのままだと、経営ポリシーを変えたのが 20年前。現社長(60)がアメリカから帰国し、家業を継いだ年に「Just Do It Now」のポリシーを掲げた。「ナイキのスローガンより歴史が古いのですよ」と社長は笑う。
経営計画書の壁面展示の効果のほどを聞いてみた。
「劇的な効果とはいえませんが、確実に浸透しています。実は社員食堂にも展示してあるのですが、そこは “落書き OK” なんですよ」「え、落書き?」「ええ、誰が書いたか分からないのですがいろんな感想や意見や、時にはグチや批判が書かれます。ある意味、掲示板的な役割を果たしてくれていて、翌期の計画づくりのヒントにもなっています」
経営計画書の壁面展示、ならびに経営計画書の掲示板。ユニークな発想である。これも「Just Do It Now」の産物かもしれない。