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スローリーディング

速読ブームが続いている。

本も書類もメールもすべて活字。大量の活字を読みこなすためには、速読が一番、ということだろう。
私も昨年、個人レッスンを受けてからというもの、”速読モードで読むぞ”、と決めた本に関しては、普通のスピードの何倍かの早さで通読できるようになった。

だが本に関していえば、一回の速読だけで用が足りてしまう本というのは本来、さほど値打ちがないものである。お茶漬けのようにサラサラとかき込めて、歯ごたえがない。
速読しただけでは、知っていることの確認と追認作業にならざるを得ない。したがって、速読ばかりしている時というのは、大した本を読んでいない証拠でもあるのだ。

本当に良い本に出逢ったときは、結局再読することになる。
まず速読によって新幹線でゴール地点までたどりついておいて、再びスタート地点から窓外の景色と駅弁を楽しみながら読む、ということになる。文学作品ではそんな読み方ができないが、実用書ならそれが可能なのだ。

ということは、速読の技術を覚えるだけなく、正しい本の読み方もマスターしていなければならないということだ。
ゆっくり読むとはどういうことなのか?
表面だけをみれば、活字を追うだけの単純作業なのだが、本の読み方に関しては実に多様な方法がある。
だが、誰かにそれを教わることは滅多になく、こんな大切な読書テクニックを私たちはほとんど自己流で覚えるしかないのが現状だ。

そこで、正しい本の読み方を説こうと、芥川賞作家が立ち上がった。
平野啓一郎氏の『本の読み方 スローリーディングの実践』(PHP新書)がそれだ。

「本の読み方」
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4569654304/

私がご紹介するまでもなく平野啓一郎氏をご存知の方も多いと思う。

余談ながら、
文学界のあこがれ「芥川賞」とは、芥川龍之介がこの世を去って8年後(昭和10年)に創設されたものである。
芥川の親友で文藝春秋の社主であった菊池寛が、芥川の名を冠した新人文学賞「芥川賞」を設けたことがその始まり。

受賞者の顔ぶれはそうそうたるもの。
初代の石川達三から始まって尾崎一雄、火野葦平、井上靖、安部公房、五味康祐、松本清張、安岡章太郎、吉行淳之介、遠藤周作、石原慎太郎、開高健、大江健三郎、北杜夫、田辺聖子、丸谷才一、森敦、村上龍、池田満寿夫、高橋三千綱などなど、誰もが知っている大作家が並ぶ。

そんな中、大学在学中に受賞した作家が四人いる。
石原慎太郎「太陽の季節」、大江健三郎「飼育」、村上龍「限りなく透明に近いブルー」、そして平野啓一郎「日蝕」なのだ。

三島由紀夫の再来と称された天才作家の平野氏が実用書を書くとどうなるのかを知りたくて、私も『本の読み方』を買って読んでみた。
書き手が書き手だけに、文学的なニオイのするビジネス書だろうという私の読みはハズれた。

難しいことを簡単に言える人がプロだというが、さすが本の読み方に関するプロだと感嘆してしまうところがたくさんある。
実に論理的に、サクサク読める。それでいて、中味は濃いのだ。

たとえば、速読でたくさん本が読めることや、筆が早くてたくさん書けること自体にはまるで価値がないという。
「オレは5分でメシが喰える」「私は一日に1,000通のメールを処理している」というのと大差ないと。5分メシと1,000通メールの人が皆、大成功しているのなら話は別だが、そうした相関関係は証明されていない。

「量から質の読書へ、網羅型の読書から選択型の読書へ」という平野氏の提言は一読に値する。

また、『本の読み方』は同時に「本の書き方」に関する本でもある。
ブログやメルマガで情報発信しているあなたにとっても必読本だろう。
情報発信が容易にできる今だからこそ、発信者に求められる本質的な問いかけがそこにある。

昨夜、六本木で土井英司さん主宰の「エリエスブックコンサルティング」セミナーで、その平野啓一郎氏の講演をお聞きした。
題して、『芥川賞作家・平野啓一郎の文章表現術』。
副題が、「本の読み方であなたの文章は100倍磨かれる」というもの。

エリエスブックコンサルティング http://eliesbook.co.jp/

セミナー会場のステージに、はにかみや風の31才の青年が登壇した。
失礼ながら、第一印象はまったく普通の若者だ。
ところが、挨拶のあと言葉の役割について語り始めると、それ以降90分間ノンストップで語りまくった。止まらないのだ。
本の読み方について、表現力の磨き方について、人に読まれる作品に必要な要素について、長く売れる作家になるために必要な心構えについて、などなど。

読むことと書くことのプロに接することが出来て、濃密な時間だった。
私の場合は、平野式スローリーディングを基軸にしながら、必要に応じていつでも速読ができるような二丁拳銃読書術で行きたいと思う。

いやぁ、それにしても小説が書きたくなった。