外交官を父にもち、ニューヨーク生まれのパリ育ち。そこまで聞けば、どこのエリートかと思われるだろう。とんでもない。彼こそ、旅行業界の風雲児、飛びっきり大胆な旅行ベンチャーのCEO 岡田直樹氏(39才)だ。
大阪本社、東京支店を構え、2001年3月期決算では売上高79億円、総取扱高92億円、経常利益5,100万円を計上。日本アジア投資からの出資を受けて、株式公開の準備をいま着々と進めている。
岡田直樹氏 http://www.f-ness.com/ceo-message.htm
株式会社エフネス http://www.f-ness.com
さっそくお会いして過去・現在・未来を語っていただいた。
「私は2才まで生まれた街、ニューヨークに住んでいました。その後3~4年間は日本に戻って幼稚園へ。それから小学5年生まではパリで公立の学校に通っていました。このころはフランス語しかしゃべれなくて、自分の名前すら日本語では書けません。もちろん寝言もフランス語。そんな私ですが、なぜか今ではまったくフランス語がしゃべれません。(笑)」
そういえば、関西弁がお上手だ。
旅行業との出会いを尋ねた。
「中学3年のとき家族はスペインへ赴任したのですが、私は日本にとどまることを決意しました。外交官指定の寮があって、そこで独り暮らしをすることにしたのですが、親が近くにいない中高生がどうなるかわかりますよね、そう、グレたんです。親がいてもグレてたのに、いなくなると不良の度合いが増しましたね。(笑)もちろん高校一年で退学。親から勘当をくらいました。正真正銘の勘当です。」
「・・・・・」
「ずっとアルバイト生活をしていたのですが、21才のある日、バイト先のレストランに叔父がやってきたのです。たぶん様子を見に来たのじゃないでしょうか。『いちどネクタイ締める仕事もしてみようよ』というのでその気になって23才のときに叔父が経営する旅行卸売会社に入ることにしたのです。それが旅行業との出会いになりますね。」
独立したきっかけは?
「寮の先輩や後輩に会ったりすると、物産とか商事、医者、弁護士、・・・そんな重い名刺をもった人ばかり。自分もコンプレックスを持ちたくないので、社長にでもなって肩書きで重くしよう、そんな気持ちで独立しました。あっ、それと満員電車に乗りたくないというのも独立の理由かも知れません。(笑)本当に苦手なんです、移動でストレスを感じるのが。」
勝算あっての独立ですね?
「独立したのは27才でした。12年前になりますね。結局4年間サラリーマンをやってましたが、この旅行業全体を見渡して『勝ち組になれる!』と思って独立しました。それだけ矛盾と不合理に充ち満ちていた、というのが当時の旅行業界でした。」
例えばどういうことでしょうか?
「IATA(イアタ)公認代理店というものがあります。これは、一定の基準を満たせば自社で国際航空券の発行ができるのです。
全国に12,000社ある旅行会社のうち、この公認をもっているのは400社弱に過ぎません。一定の基準というのは純資産額や3期連続黒字など幾つかのハードルがあります。その難しさもさることながら、少ない受注にもかかわらず、発券できる専門スタッフを雇用する意味がないから資格をとらないのです。おのずと12,000ある旅行社のうち、11,600社は資格をもった400社に発券を依頼することになるのです。」
当然手数料は取られるのですね?
「当然です。それどころか、殿様商売の典型のようなビジネスをやっていたのです。33才でIATAの公認を取るまでのあいだ、どれだけ理不尽な思いを味わったことか。ほとんど毎日怒っていました。私が怒っていたということは、全国11,600社の旅行社も怒っていたはずです。うちがIATAを取って、その不満を解消するサービスを提供すれば、きっと支持されると思いましたよ。」
どのような理不尽ですか?
「一例をあげましょう。東京・ヨーロッパの往復チケットがビジネスクラスで定価80万円とします。金額は概算です。外資系の航空会社はそれをIATA代理店に50万円で卸します。IATAはそれを旅行会社に55万円で卸します。旅行会社はそれを消費者に60万円で売るのです。
IATA代理店は、発券代行だけで5万円の利ざやがある上に、実はもうひとつ別のやっかいなカラクリがあります。
それは、IATAから旅行社に卸すときには、いったん70万円で卸すのです。つまり旅行社は、70万円で仕入れて60万円で売っているのです。そして半年後にキックバックで15万円返ってくるので、その時にようやく旅行社の利益が5万円出るのです。」
ということは売れば売るほど苦しくなると?
「そういうことです。そこでうちは、最初から55万円で卸すことにした。IATA自体も航空会社からのキックバックで成り立っているので、いきなり55万円で売るのは経営的に苦しい。でも旅行社からは絶大な支持があった。反響も大きかったが圧力もバンバンきました。いまだに圧力はあります。」
順調に立ち上がったということですか?
「いえ、このときが一番苦しかった。資金が持ち出しになりますので資金繰りで眠れないときも数え切れなくありました。おまけに航空会社からの圧力は並ではない。ある国際線大手の航空会社東京支店とは今でも取り引きできません。しかし、そこは市場原理が働きます。旅行社からの絶大な支持は私たちの力になりました。航空会社も無視できないほどの販売力を持つに至ったわけですから、仕入れ先は確保できました。」
なるほど、自社が困っていたからそれを解決しようということか。
ところで持ち出しばかりの資金。その調達はどのようにしたのだろうか?聞いてみた。
<明日に続く>