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人を使う

新任社長に就任した渡部年男(仮名)は、悩んでいた。
父が育て上げた鋳造会社を守ってゆけるのだろうか、と考えはじめると、夜も眠れない。
今年30才になる渡部は、学校卒業と同時に大手工作機械メーカーに就職。昨年、倒れた父の会社に入るまで経理畑一本をあゆんできた。
経営のイロハもわからないし、子どもの頃から人の上に立つような仕事を受け持ったことなど一度もない。

そんな渡部も、高校生の頃から学校休みの多くを父の鋳物工場でアルバイトしてきたので、鋳物に関する知識や技術は相当もちあわせている。
だが、親分肌を発揮して会社を大きくしてきた父とは違い、渡部はどちらかというとで几帳面で細かいことが気になるタイプ。自分のことを「悩み多き小心者」と思っているのだ。

前社長の父が急逝した今、悩んでいるヒマはない。来週の月曜日には、”あの”古参社員と二人で会食せねばならない。
“あの”古参社員とは、自分のことを父と対比し無能呼ばわりしているらしい太田製造部長(55才)のことだ。

「息子の年男は赤子のころから俺が面倒みてきた」が口ぐせで、「年男」と渡部を呼び捨てにするのが直らない。
それどころか、「年男に社長はつとまらない。会社を潰すに決まっている。俺もそろそろ Being のお世話かな」などと工場内で言いふらしているようなのだ。

複数の社員からそれを聞いた渡部。
勇気を振り絞って太田に内線電話し、「ちょっと二人で話しをしたいので、夕食の時間を確保してほしい」と伝えた。それが4日後の月曜日なのだ。

どんな話をしようか・・・。渡部はまた悩みはじめた。とにかくよく悩む。

その夜、僥倖に恵まれる瞬間がきた。
何気なく見ていたDVDに松下幸之助翁が登場し、こんなことを語り始めたのだ。

・・・
従業員が40人位になったとき、悪い人が社内に混じるようになって、私も悩むようになった。ずっと悩んだが、ある時、これは悩んじゃあかんと思うようになった。
天皇陛下の徳をもってしても日本から悪人はなくならない。悪人を隔離することはしても国から放り出すことはしない。天皇でもそうならば、自分が悪人を放り出すことなんて出来っこない。会社は良い人ばかりでやろうなんて思っちゃイカン。それ以来、人を使うということに私は非常に大胆になった。
・・・

「国ですら悪い人を追放しないのに、どうして自分の会社から悪い人を追放などできるものか」という松下翁のメッセージに、渡部は、目から鱗が落ちる気分だった。経営の神様が、今の自分に語ってくれているように思えた。
「これは父が見せてくれたのだ・・・」

ついに月曜日が来た。
渡部は太田と格闘したり、関係が確執化させるのをやめようと思った。
本音で太田にぶつかり、これからの彼の協力をお願いしようという素直な気持ちでいた。そしてこう告げた。

「太田さん、小さいころからお世話になってきました。おかげで自分もオヤジの意思をついで社長を任されるときがきました。30年なんてあっという間です。太田さんから見たらいつまでも自分はガキでしょうが、社長らしくなったとあなたから言われるようがんばるので、これからも、もろもろ応援をよろしくお願いします!」

新社長に頭を下げられ、酒を進められた太田はビックリした。
ひょっとして自分の放言が新社長の耳に入り、クビになるかも知れないと内心おそれていた太田だが、彼も男だ。その後、意気に感じてくれて、新社長を最も支える活躍をしてくれているという。天国の父もそんな二人の関係をほほえみながら見てくれていることだろう。

人を使うということに悩まない社長はいない。だが悩んではいけない。
人使いは大胆にいきたいものだ。